1.うつ病とは?
うつ病は、長期間にわたり気分の落ち込みや興味の喪失が続く精神疾患です。日本では15人に1人が生涯のうちに経験すると言われており(厚生労働省, 2020)、「心の風邪」では済まされない、深刻な病気です。
WHOも警鐘を鳴らす“世界的な健康問題”
世界保健機関(WHO)は、うつ病を「世界で最も健康的な生産性を損なう病気のひとつ」と位置づけており、特に20〜40代の働き盛り世代に多く見られることがわかっています(WHO, 2023)。
2.うつ病の症状
うつ病の症状は、精神面と身体面の両方に現れます。特に「抑うつ気分」と「興味・喜びの喪失」は代表的な症状です。
主な精神的症状
- 強い気分の落ち込み
- 物事に対する興味や喜びの喪失
- 自分を責める・無価値感
- 希死念慮(死にたいという気持ち)
- 思考力・集中力の低下
主な身体的症状
- 睡眠障害(不眠または過眠)
- 食欲の変化(減退または過食)
- 疲労感・倦怠感
- 頭痛、胃痛、肩こりなどの身体不調
チェックポイント
2週間以上これらの症状が続き、日常生活に支障をきたす場合は、うつ病の可能性があります。
3.うつ病の原因
うつ病は、複数の要因が重なって発症する多因子性の病気です。
① 脳内神経伝達物質の不均衡
特にセロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質の減少が、気分の変調に関与するとされています(Nestler EJ et al., 2002)。
② 心理的ストレス・性格特性
- 完璧主義、真面目すぎる、自己肯定感が低いといった傾向はリスク因子です。
- 認知行動理論では、否定的思考パターンがうつ病を助長すると指摘されています(Beck AT, 1967)。
③ 社会的・環境的要因
- 職場の過重労働、家庭内のストレス、人間関係の摩擦、経済的困難などが影響します。
- パンデミック後は、リモートワークによる孤立感や将来不安も新たなストレス源になっています。
④ 遺伝的要因
双生児研究などから、うつ病には遺伝的な要素もあることが報告されています(Sullivan PF et al., 2000)。
4.どのような人がうつ病になりやすいか?
うつ病に「なる人の性格」や「環境的背景」はさまざまですが、以下の特徴がある人はリスクが高いとされています。
特徴 | 説明 |
---|---|
真面目・完璧主義 | 自分に厳しく、失敗を許せない性格 |
責任感が強い | 自分一人で抱え込んでしまう |
頼るのが苦手 | 人に相談できず、ストレスを内在化 |
長時間労働・過重な責任 | 仕事とプライベートのバランスが崩れている |
出産後・更年期の女性 | ホルモンバランスの変動が大きい時期 |
介護中の家族 | 慢性的ストレスと孤立 |
5.うつ病の検査・診断
医師の問診と診断基準
うつ病の診断には、米国精神医学会が定める**DSM-5(精神障害の診断と統計マニュアル 第5版)**の基準が使われます。以下のような症状が2週間以上続くかを確認します。
- 抑うつ気分
- 興味や喜びの喪失
- 体重の著しい変化
- 睡眠の異常
- 疲労・無気力感
- 無価値感
- 集中力の低下
- 希死念慮
補助的検査
- PHQ-9、BDIなどの心理検査
- 血液検査・甲状腺機能検査(身体疾患との鑑別)
- 必要に応じて精神科医による評価
6.うつ病の治療法(生活習慣・薬物療法)
うつ病は、適切な治療により回復が期待できる病気です。
① 薬物療法
- SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬):副作用が少なく初期治療の第一選択
- SNRI、NaSSA、三環系抗うつ薬:個人の症状に応じて使い分け
- 治療効果の発現には2~4週間程度かかることが多いため、継続が重要です。
② 精神療法(カウンセリング)
- 認知行動療法(CBT):否定的な思考パターンを修正
- 対人関係療法(IPT):人間関係の問題にアプローチ
- 精神療法は再発予防にも有効(Cuijpers P et al., 2013)

③ 生活習慣の見直し
- 規則正しい睡眠、食事、適度な運動
- 過度な仕事やSNSから距離を置く
- 日光を浴びることでセロトニン分泌が促進
7.うつ病の対処法
ご本人ができること
- 「休むこと」は甘えではなく治療の一部
- 小さな達成を積み重ねる(例:1日1回散歩する)
- ひとりで抱え込まず、信頼できる人や医療機関に相談
周囲ができること
- 「がんばれ」「気の持ちようだよ」などの励ましはNG
- 「話を聞かせてくれてありがとう」と共感を示す
- 本人のペースを尊重し、通院・服薬の支援を行う
職場や学校での配慮
- 配慮が必要な場合は、医師の診断書を活用して調整
- 産業医やスクールカウンセラーへの相談も効果的
参考文献
- 厚生労働省. みんなのメンタルヘルス総合サイト. https://www.mhlw.go.jp/kokoro/
- WHO. Depression. https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/depression
- 日本うつ病学会. うつ病治療ガイドライン第3版. 2020年
- Beck AT. Cognitive Therapy and the Emotional Disorders. 1967.
- Sullivan PF et al. Genetic epidemiology of major depression: Review and meta-analysis. American Journal of Psychiatry. 2000.
- Nestler EJ, Barrot M, DiLeone RJ, et al. Neurobiology of depression. Neuron. 2002.
- Cuijpers P, et al. Psychological treatment of depression in primary care: A meta-analysis. Br J Gen Pract. 2013.
終わりに
うつ病は「心の弱さ」ではなく、誰にでも起こりうる脳の病気です。早期に気づき、適切な治療や支援を受けることで、多くの人が回復し、社会生活を取り戻しています。
「最近元気が出ない」「ずっと気分が重い」と感じるときは、一人で抱え込まずに相談する勇気を持つことが、何より大切です。