はじめに:その頭部打撲、軽く見ていませんか?
「試合中に頭をぶつけたけれど、すぐに立ち上がったから大丈夫」
「転倒して頭を打ったけれど、意識はあったから問題ない」
そのような認識のまま競技を続けていませんか?実はそれ、脳震盪(のうしんとう)かもしれません。脳震盪はスポーツにおいて頻繁に見られる外傷の一つで、放置や誤った対応により深刻な後遺症を残すこともある重大な問題です。
この記事では、脳震盪の定義、症状、危険性、評価方法、治療、復帰の目安までを、文献に基づいた正確な情報で解説します。特にスポーツをする中高生、大学生、社会人アスリートとその家族・指導者の方に役立つ内容です。
1.脳震盪とは?
脳震盪(英語:concussion)とは、外部からの衝撃により脳が一時的に機能障害を起こす状態を指します。意識の有無にかかわらず発生し、脳の構造的損傷を伴わない場合がほとんどです(McCrory et al., 2017)。
スポーツ現場では特に多く見られ、アメリカの調査では年間300万人以上が脳震盪を起こしていると報告されています。日本でもラグビー、アメフト、サッカー、柔道などの接触競技でリスクが高いとされています。
2.脳震盪の症状【検索キーワード:脳震盪 症状・脳震盪 兆候】
脳震盪の症状はさまざまで、すぐに現れるものもあれば、数時間〜数日後に出るものもあります。代表的な症状は以下の通りです。
初期に見られる症状
- 一時的な意識消失
- 頭痛
- めまい・ふらつき
- 吐き気・嘔吐
- 視覚異常(かすみ、複視)
遅れて出る症状
- 集中力・記憶力の低下
- 感情の変化(イライラ、不安、うつ状態)
- 睡眠障害(過眠または不眠)
特に重要なのは、「症状が軽いから安心」とは限らないという点です。頭を打った後は、本人の訴えだけで判断せず、第三者の観察と評価が必須です。
3.脳震盪の危険性
脳震盪の多くは時間経過とともに自然に回復しますが、繰り返すことで深刻なリスクを伴います。
セカンドインパクト症候群(Second Impact Syndrome)
初回の脳震盪から回復しきらないうちに再び頭部を打撲すると、脳の血流異常と腫脹によって急激に悪化し、致命的になるケースがあります。これは特に10〜20代の若年者に多く報告されています(Cantu & Voy, 1995)。
慢性外傷性脳症(CTE)
元NFL選手などで話題になったCTEは、繰り返す脳震盪が原因とされる神経変性疾患です。記憶障害、人格変化、うつ状態、衝動的な行動などを特徴とし、発症は引退後数年から数十年後になることも(McKee et al., 2009)。
スポーツにおける脳震盪は、「軽傷」ではなく、慢性疾患への入口である可能性もあるのです。
4.脳震盪の評価と診断
SCAT(スポーツ脳震盪評価ツール)
SCAT5(Sport Concussion Assessment Tool)は、国際的に標準化された評価ツールで、次のような項目を含みます。
- 症状チェックリスト(22項目)
- 意識状態・記憶テスト(Maddocks questions)
- 認知機能テスト(集中力・記憶)
- 神経学的所見(歩行、バランス)
SCATは医療従事者用であり、非医療者は症状を確認し、すぐに医療機関に繋ぐことが重要です。
日本ラグビーフットボール協会(JRFU)は、SCAT5およびSCAT6の日本語版を「参考訳」として公開しています。
画像検査の限界
CTやMRIは重大な脳出血などの鑑別には有用ですが、脳震盪は構造的損傷を伴わないため画像所見が正常なことが多いです(Giza & Hovda, 2014)。したがって、問診と臨床所見が診断の鍵です。
5.脳震盪の治療
脳震盪の治療においては、薬物療法よりもまず「休息」が基本となります。
初期対応
- 安静(最低24〜48時間、視覚刺激や学業・労働の制限含む)
- 水分補給と静養
- 家族による観察(悪化する場合は救急受診)
その後の対応
- 徐々に活動を再開(学校・仕事・運動)
- 症状再燃があれば再び安静
薬物治療は症状緩和を目的に、必要に応じて頭痛薬(アセトアミノフェンなど)を使用しますが、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は出血リスクに注意が必要です(Caine et al., 2011)。
6.競技への復帰方法
6段階の段階的復帰(Graduated Return to Sport Protocol)
国際的なコンセンサスでは、次のようなステップ方式による復帰プログラムが推奨されています(McCrory et al., 2017)。
ステップ | 内容 | 目安時間 |
---|---|---|
ステップ1 | 完全休養 | 最低24~48時間 |
ステップ2 | 軽い有酸素運動(ウォーキング、静的バイク) | 無症状であれば24時間後に進行可 |
ステップ3 | スポーツ特有の運動(ランニング、ドリル) | 無接触 |
ステップ4 | 非接触のチーム練習 | 認知負荷も加わる |
ステップ5 | フルコンタクト練習 | 医師の許可が必要 |
ステップ6 | 公式試合復帰 | 無症状で全段階クリア |
各ステップで症状が再発した場合は、1段階戻って様子を見直します。復帰判断には、医療職(スポーツドクターや整形外科医)の評価が不可欠です。
7.まとめ|頭を打ったら迷わずプレーを中止し、医療機関へ!
脳震盪は、外見だけでは重症度が判断できない厄介な外傷です。スポーツをしている人は、「頭をぶつけたらプレーを止める・相談する・無理をしない」を徹底してください。
初期対応・評価・復帰のステップを守ることで、安全に競技を続けることが可能です。
参考文献
- McCrory P, Meeuwisse W, Dvořák J, et al. “Consensus statement on concussion in sport—the 5th international conference in Berlin.” Br J Sports Med. 2017.
- Centers for Disease Control and Prevention (CDC). “HEADS UP to Youth Sports.” 2019.
- Cantu RC, Voy R. “Second impact syndrome: A risk in any contact sport.” Phys Sportsmed. 1995.
- McKee AC, et al. “Chronic traumatic encephalopathy in athletes: progressive tauopathy following repetitive head injury.” J Neuropathol Exp Neurol. 2009.
- Giza CC, Hovda DA. “The new neurometabolic cascade of concussion.” Neurosurgery. 2014.