はじめに
飛行機や新幹線、長距離バスでの移動中に足がむくんだ経験はありませんか?このような「長時間の座位」が原因で起こる命に関わる病気、それがエコノミークラス症候群(静脈血栓塞栓症)です。現代の生活習慣や災害避難でもリスクが高まるこの病気は、正しい知識と予防がカギになります。この記事ではエコノミークラス症候群の原因・症状・予防法・治療法までをわかりやすく解説します。
1.エコノミークラス症候群とは?
● 医学的には「静脈血栓塞栓症(VTE)」の一種
エコノミークラス症候群は、長時間同じ姿勢をとることで足の静脈に血の塊(血栓)ができ、それが肺に流れて詰まる病気です。
- 深部静脈血栓症(DVT:Deep Vein Thrombosis):下肢の深部静脈に血栓ができる状態
- 肺血栓塞栓症(PE:Pulmonary Embolism):血栓が肺動脈に詰まり、呼吸困難などを起こす状態
最初に航空機の「エコノミークラス」での事例が報告されたためこの名称が広まりましたが、車中泊・新幹線・災害時の避難所など、移動に限らず座位時間が長いあらゆる場面で発症するリスクがあります。

✅【参考文献】Wester JP, et al. (2009). The economy class syndrome: pathophysiology, prevention and management. Current Opinion in Pulmonary Medicine, 15(5), 456–460.
2.エコノミークラス症候群の症状とは?
エコノミークラス症候群の症状は、血栓の場所により異なります。以下に主な症状を紹介します。
【深部静脈血栓症(DVT)】
- 足の腫れ(片側が多い)
- 押したときの痛み(圧痛)
- 足のむくみや重だるさ
- ふくらはぎの赤みや熱感
【肺血栓塞栓症(PE)】
- 突然の息切れや呼吸困難
- 胸の痛み(特に深呼吸時)
- 動悸やめまい、失神
- チアノーゼ(唇や爪の紫色化)
特に肺塞栓症は、初期症状が軽くても短時間で命に関わる急変を起こすことがあり、迅速な対応が必要です。
3.エコノミークラス症候群の原因と、なりやすい人は?
● 原因:3つの要因が重なると血栓ができやすい
エコノミークラス症候群の発症は、以下の「Virchowの三徴」と呼ばれる因子が重なることで起こる。
要因 | 内容 |
---|---|
血流の停滞 | 長時間座ることで足の血流が遅くなる |
血液凝固能の亢進 | 脱水や病気で血液が固まりやすくなる |
血管壁の障害 | 手術や外傷で血管内皮が傷つく |
● なりやすい人(リスク因子)
リスク因子 | 解説 |
---|---|
4時間以上の座位 | 飛行機・新幹線・長距離バスなど |
高齢者 | 血流低下・筋力低下が影響 |
手術直後・けが・骨折 | 特に下肢手術 |
妊娠・出産直後 | ホルモン変化や子宮の圧迫 |
脱水状態 | トイレを我慢する習慣もリスクに |
経口避妊薬(ピル) | エストロゲンが血栓リスクを上げる |
がん治療中 | 血液凝固能の亢進が知られている |
喫煙・肥満・高血圧 | 血管障害の背景疾患 |
家族歴 | 遺伝的な要因も関与することがある |
✅【参考文献】日本血栓止血学会. 静脈血栓塞栓症の診療ガイドライン(第2版), 2020.
4.エコノミークラス症候群の診断方法とは?
エコノミークラス症候群が疑われる場合、次のような検査が行われます。
● 問診・身体診察
- 症状の経過、旅行や長時間座位の有無
- 片足の腫れや熱感、痛みの有無
● 血液検査(Dダイマー)
- 血栓があるとDダイマーが高値になる
- 感度は高いが、他の疾患でも高値になることがある
● 画像検査
- 下肢静脈エコー:深部静脈血栓症の確認
- 造影CT(肺動脈):肺血栓塞栓症の診断に有効
- 心エコー:重症例では右心不全の評価も
5.エコノミークラス症候群の治療法
治療は主に抗凝固療法(血液をサラサラにする薬)が中心です。
● 抗凝固薬
薬剤名 | 特徴 |
---|---|
ワルファリン | 古くから使用されるが食事・定期採血が必要 |
DOAC(直接経口抗凝固薬) | リバーロキサバン、アピキサバンなど。管理が簡便 |
※治療期間は血栓の重症度や再発リスクにより異なります。
● 重症例では血栓溶解療法
- 肺塞栓が重篤な場合、血栓溶解薬(tPAなど)を使って溶かす
- 出血リスクが高いため、選択的に使用
● IVCフィルター
- 出血リスクが高く抗凝固薬が使えない場合に下大静脈に装着
- 血栓が肺に流れるのを機械的に防ぐ
6.エコノミークラス症候群にならないための予防対策【実践ガイド】
予防が最も重要です。以下の方法を実践しましょう。
● ① 定期的に足を動かす
- 2時間ごとに立ち上がって歩く
- 椅子に座ったままでも足首を動かしたり、ふくらはぎを伸ばす運動を行う
- 通路側の席を選ぶのも有効
● ② 水分補給をしっかり行う
- 飲み物は水・お茶などをこまめに摂取
- アルコールやカフェインは控えめに(利尿作用があり脱水の原因に)
● ③ 弾性ストッキングの活用
- 弾性ストッキング(医療用着圧ソックス)は下肢の血流を促進
- 特に高リスク者には推奨
● ④ 災害時の注意
- 車中泊は可能な限り避け、足を伸ばせる姿勢をとる
- 避難所では水分摂取を我慢しない
- 自衛隊や厚労省も推奨している運動「足の体操」を取り入れる
7.まとめ|エコノミークラス症候群は予防がカギ!
エコノミークラス症候群は、正しい知識と習慣で予防できる病気です。長距離移動やデスクワーク、避難生活中の方は、ぜひ以下を実践してください。
- 足をこまめに動かす
- 水分補給を意識
- 弾性ストッキングを活用
- 高リスク者は医師に相談しながら予防策をとる
参考文献
- 日本血栓止血学会. 静脈血栓塞栓症の診療ガイドライン(第2版), 2020.
- Wester JP, et al. The economy class syndrome: pathophysiology, prevention and management. Curr Opin Pulm Med. 2009.
- Yamamoto T, et al. Pulmonary embolism after the 2016 Kumamoto earthquakes. Intern Med. 2017;56(20):2767–2770.
- 厚生労働省. 静脈血栓塞栓症予防のための情報(避難所・移動時向け).
- NICE guideline [NG89]: Venous thromboembolism in adults: reducing the risk of hospital-acquired VTE. 2020.