1.くらげに刺されるとどうなるか?
夏の海水浴シーズン、注意が必要なのが「くらげ」による刺傷です。くらげは見た目こそ幻想的で美しい生き物ですが、その触手には刺胞(しほう)という毒針があり、ヒトを刺すと強い痛みや炎症を引き起こします。
刺された直後には「チクッ」とした痛みや焼けるような感覚があり、数分以内に赤く腫れたりミミズ腫れのような発疹が生じます。重症化するケースでは、呼吸困難や吐き気、全身のアレルギー反応(アナフィラキシー)を起こすこともあります。
よくある症状
- 刺された部位の激しい痛み
- 赤く腫れる
- ミミズ腫れや水疱
- かゆみ
- 発熱、吐き気
- めまい、意識障害(重症時)
米国皮膚科学会(AAD)や国際救命連盟(ILCOR)の報告によれば、適切な初期対応により症状の軽減や合併症の予防が可能とされています(Watts et al., 2019)。
2.日本近海にいるくらげの種類
日本近海には、刺傷リスクのあるさまざまなくらげが生息しています。とくに注意が必要な種を以下に紹介します。
種類 | 分布 | 特徴 | 刺傷リスク |
---|---|---|---|
アカクラゲ | 本州以南の海域 | 直径約15cm、触手が長く赤色 | 中程度の痛み、腫脹 |
カツオノエボシ | 沖縄~関東沿岸 | 群体生物、青い浮き袋が特徴 | 非常に強い痛み、アナフィラキシー |
ハブクラゲ | 沖縄 | 箱型の体形、猛毒を持つ | 命に関わる重症例あり |
ミズクラゲ | 全国 | 最もよく見られる種 | 刺されても軽度、ほぼ無害 |
アンドンクラゲ | 瀬戸内海~九州 | 小さな傘と4本の長い触手 | 強い痛み、水疱形成あり |
特にハブクラゲやカツオノエボシは、緊急の医療対応が必要なほど強い毒を持っています。
3.種類による症状の違い
刺されたクラゲの種類によって、症状の重さや進行は異なります。
- ミズクラゲ:軽度のヒリヒリ感で済むことが多い
- アカクラゲ・アンドンクラゲ:皮膚が赤く腫れあがり、かゆみや水疱が続くことも
- カツオノエボシ:針で刺されるような激しい痛み、呼吸困難や意識障害のリスクあり
- ハブクラゲ:刺された瞬間から激痛、壊死や心停止を起こす重篤例も(Fenner & Williamson, 1996)
毒の強さは刺胞毒と呼ばれ、ヒスタミン様物質やタンパク質分解酵素などが皮膚や神経を刺激します。
6.くらげに刺された時の対応
応急処置のポイント
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すぐに海から出る
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二次的な刺傷やおぼれるリスクを避ける
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触手が皮膚に残っていないか確認
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素手で触らず、ピンセットやカードなどでそっと取り除く
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酢(食酢)で洗い流す(※種類による)
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ハブクラゲ:酢で毒針の活動を抑える(DO NOT use淡水)
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カツオノエボシ:酢は逆効果。海水で洗い流す(Wilcox et al., 2020)
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冷やす(冷水・保冷剤)
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痛みや腫れの軽減に有効
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医療機関を受診
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呼吸困難、発熱、広範囲の腫れ、水疱があれば速やかに受診
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やってはいけないこと
- 真水で洗い流す → 刺胞が刺激され毒が出やすくなる
- こする・強く洗う → 刺胞が皮膚に押し込まれる可能性あり
- アルコールや尿をかける → 科学的根拠がなく悪化するおそれ
✅くらげに刺されたときに酢を使うべきか?
くらげの種類 | 酢の使用 | 理由 |
---|---|---|
ハブクラゲ(沖縄など) | ✅使う | 酢は刺胞の発射を抑える効果がある |
アンドンクラゲ(本州南部〜九州) | ✅使う | 酢で刺胞の発射を防げる可能性がある |
カツオノエボシ(関東以南) | ❌使わない | 酢で刺胞がさらに刺激され、症状が悪化するリスクあり |
ミズクラゲなど無毒に近い種 | ❌基本的に不要 | ほとんどの場合、症状は軽度で対処も不要 |
🔍根拠:酢の効果とその限界
- 酢(3~10%の酢酸)は、一部のクラゲ毒に対して刺胞の発射を止める効果があることが知られています。
- しかし、カツオノエボシなどヒドロ虫類(Hydrozoa)には逆効果で、酢によって未発射の刺胞が誘発されるという報告があります(Wilcox et al., Toxins, 2020)。
- 世界中の救命医療の指針(ILCOR、St. John Ambulance など)でも、「酢の使用はクラゲの種類を確認した上で慎重に行うべき」とされています。
7.くらげに刺されないために
海水浴を安全に楽しむには、事前の予防が重要です。
主な予防策
- ラッシュガードや長袖の着用:物理的に刺胞を遮断
- ネットで囲まれた安全区域で泳ぐ
- 海水温が高くなる8月中旬~9月は注意
- クラゲ避けローション(市販)を使用
- 海岸に打ち上げられたクラゲにも触れない:死後も刺胞は機能する
地域による注意喚起を確認
各地の海水浴場や市町村のホームページでは、くらげの出現情報が掲載されていることもあります。
9.参考文献
- Fenner, P. J., & Williamson, J. A. (1996). “Worldwide deaths and severe envenomation from jellyfish stings”. Medical Journal of Australia, 165(11-12), 658-661.
- Wilcox, C. L., Yanagihara, A. A., & King, N. (2020). “Appropriate first-aid treatment for jellyfish stings: Updated review and practical recommendations”. Toxins, 12(5), 320.
- Watts, P. J., & Peate, W. F. (2019). “Marine envenomations”. Journal of Travel Medicine, 26(1), taz013.
- 日本中毒情報センター「くらげによる刺傷の応急処置ガイド」
- 沖縄県環境保健センター「ハブクラゲに注意!」