1.はじめに:その「肘の痛み」、放っておいていませんか?
お子さんが「投げると肘が痛い」と言い出したとき、「成長痛かな?」「疲れかな?」と軽く考えていませんか?
実はそれ、上腕骨小頭の離断性骨軟骨炎(Osteochondritis Dissecans:OCD)かもしれません。特に野球をしている成長期の子どもたちにとって、見逃してはならない重大な肘の障害のひとつです。
このブログでは、OCDの原因・症状・治療法から、親や指導者が取るべき対応まで、誰でもわかりやすく・専門的に解説します。
2.離断性骨軟骨炎(OCD)とは?
離断性骨軟骨炎(Osteochondritis Dissecans:OCD)とは、関節軟骨とその下の骨に生じる障害で、成長期の少年野球選手に多く見られる肘の疾患です。
特に肘の「上腕骨小頭」という部分に生じる場合が多く、投球動作の繰り返しによって起こることから、「野球肘」の一種として知られています。
離断性骨軟骨炎では、肘関節に過度な負荷がかかり続けることで、骨への血流が悪くなり、軟骨と骨がはがれてしまうことがあります。
悪化すると、関節内で骨片が遊離して「関節ねずみ(関節遊離体)」となり、痛みや引っかかり、可動域制限などの症状が生じます。
3.離断性骨軟骨炎の原因となりやすい人
OCDの発症には明確な傾向があります。
- 発症しやすい年齢:10〜14歳の成長期
- 好発者:小学校高学年〜中学生の野球少年
- 特に発症リスクが高いポジション:投手・捕手など投球頻度が高いポジション
- 日本の少年野球選手の1〜2%に発症すると言われています
つまり、日本のように少年野球人口の多い国では、見過ごされがちな疾患でありながら、意外と身近な存在なのです。
1)成長期(10~15歳)
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骨が未熟で柔らかく、血流も不安定。
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成長軟骨が完成していないため、負荷に弱い。
2)投球動作の多い野球少年
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特にピッチャーやキャッチャーなど、繰り返し肘を酷使するポジションの選手。
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中学・高校でも一定数みられるが、小学生高学年〜中学生がピーク。
3)投球過多・休養不足
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毎日数百球に及ぶ投球や、連戦・連投。
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肘に十分な回復時間を与えられないことが要因。
4)誤った投球フォーム
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体幹の未熟さや柔軟性の低下、腕だけで投げるようなフォームもリスク因子に。
4.放置するとどうなるのか?
OCDは初期に発見すれば、自然治癒するケースもあります。しかし、見過ごして悪化してしまうと、次のような問題が起こります:
- 関節ねずみ(関節遊離体)の発生により、関節内で骨片が動いて「ロッキング(肘が動かなくなる)」が起こる
- 将来的に**肘関節の変形(変形性肘関節症)**の原因になる
- 軟骨損傷が進行し、手術が必要になることも
- 痛みで思うようにプレーできなくなり、野球を断念する可能性も
大切なのは、「我慢」ではなく「早期対応」なのです。
5.どんな症状がある?早期受診の目安とは?
以下のような症状があれば、整形外科を早めに受診しましょう:
- 投球時や投球後に肘の外側が痛む
- 肘を伸ばすときに違和感・引っかかる感じがある
- 肘がまっすぐ伸びない、動かしづらい
- 「カクッ」と引っかかるような感覚
こうした症状が出ている段階であれば、レントゲンだけで診断可能なこともあります。MRIが必要になるケースもありますが、早期発見が予後に大きく影響します。
6.離断性骨軟骨炎の診断と診断基準
早期発見が予後を大きく左右するため、違和感が出た段階で受診することが重要です。
診断の流れ
-
問診
痛みの部位・持続時間・運動歴を確認。 -
視診・触診
肘の腫れ・圧痛の有無、関節可動域の評価。 -
X線検査
骨軟骨の変化や骨片の離解を確認。
ただし、初期には異常が写らないことも。 -
MRI検査
軟骨・骨の状態をより詳細に評価可能。
初期病変の把握に有効。 -
CT検査
関節内の遊離体(関節ねずみ)の有無を確認する際に使用。
OCDの病期分類(上腕骨小頭)
ステージ | 特徴 | 治療方針 |
---|---|---|
初期 | 軟骨が軟化、画像では異常見られないことも | 保存療法が基本 |
進行期 | 骨軟骨が部分的に剥がれる | 保存または手術 |
離断期 | 骨軟骨片が遊離し、関節内を動く | 手術が必要 |
7.OCDの治療法|保存療法と手術療法の違いとは?
OCDの治療は、病変の程度や症状の重さに応じて変わります。
◆保存療法(手術をしない治療)
軽度の場合や、まだ骨片が剥がれていない場合には、まず保存療法が選ばれます。
- 投球の中止(スポーツ活動を一時休止)
- 装具やテーピングでの肘の安静・固定
- 理学療法士によるリハビリテーション
- 3〜6ヶ月の経過観察と画像確認
この段階で治れば、手術を避けられる可能性が高まります。
◆手術療法
次のような場合には、関節鏡(内視鏡)手術などが必要となることがあります:
- 骨片がはがれて関節内で遊離している
- 保存療法で改善が見られない
- ロッキングなどの機械的症状がある
手術方法には、骨片の固定・除去・骨穿孔術などがあります。最近では、成長期でも早期復帰を目指す手術法も進歩してきています。
8.早期発見のためにできること|家庭と現場のサポートがカギ
OCDは、プレー中に無理をしすぎないことが最も重要です。特に以下のような工夫が大切です。
保護者の役割:
- 子どもの「肘が痛い」「なんか変」の声を見逃さない
- 「休む=悪いこと」という雰囲気を作らない
- 定期的に整形外科での肘検診を受ける
指導者の役割:
- 子どもの投球数を把握し、過度な登板や練習を避ける
- 「がんばれ」よりも「今は休もう」の声かけ
- 疑わしい症状があればすぐに受診を勧める
日本野球協会・日本整形外科学会によるガイドラインより
- 小学生:1日の投球数70球以内、週350球未満
- 中学生:1日の投球数100球以内、週500球未満
- 毎週1〜2日は「完全休養日」を設定すること
日本臨床スポーツ医学会でも、肘検診の定期的な実施を推奨しています。
9.おわりに:「がんばれ」より「無理しないで」が子どもを守る
肘の痛みを軽く見ることは、子どもの将来に大きな影響を与えかねません。
スポーツは子どもにとって大切な経験の場であり、だからこそ「無理をさせない」「早期に専門医にかかる」という意識が重要です。
「がんばれ」ではなく「無理しないで診てもらおう」という声かけが、子どもの夢を守る第一歩になるのです。
参考文献
- 日本整形外科学会. 離断性骨軟骨炎に関する啓発資料.
- 日本臨床スポーツ医学会. スポーツ外傷・障害調査報告書(2023年).
- Kocher MS, et al. “Osteochondritis dissecans of the elbow: clinical features and diagnosis.” J Bone Joint Surg Am. 2006.
- Matsuura T, et al. “Surgical treatment for osteochondritis dissecans of the humeral capitellum in adolescent athletes.” Am J Sports Med. 2010.
- 日本整形外科スポーツ医学会(JOSSM). 野球肘検診の手引き