1.喘息とは?|アスリートにも無関係ではない呼吸器疾患
喘息(ぜんそく)は、空気の通り道である気道が慢性的に炎症を起こす疾患で、再発性の咳・喘鳴(ゼーゼー音)・息苦しさなどを引き起こします。国立成育医療研究センターによると、日本では成人の約5〜8%、小児の10%前後が喘息を有すると推定されています(日本アレルギー学会, 2022)。
なかでも運動誘発性喘息(Exercise-Induced Bronchoconstriction: EIB)は、運動による呼吸刺激で一過性の気道収縮が起きる病態であり、健康なアスリートの約10%、既存の喘息を持つ人の80%以上に見られると報告されています(Weiler et al., 2016)。
【ポイント】
- スポーツをしていても喘息に気づかないケースがある
- 疲れやすい、運動後の咳などは喘息のサインかも
2.喘息の症状|運動中や夜間に悪化することも
喘息の主な症状は以下の通りです。
- 咳(特に夜間や早朝に悪化)
- 息苦しさ
- 胸の圧迫感や違和感
- ゼーゼー、ヒューヒューという呼吸音(喘鳴)
特に運動時の呼吸困難や運動後の持続する咳は、単なる運動不足ではなく喘息やEIBの可能性があるため、注意が必要です。アスリートが自覚しにくい特徴として、「ウォームアップ中や試合の後に咳が出る」「寒い屋外で息が苦しくなる」なども挙げられます。
3.喘息の診断と治療|吸入ステロイドが治療の基本
喘息の診断では、以下の検査や評価が用いられます。
- 問診と身体診察(症状の頻度や誘因の把握)
- スパイロメトリー(肺機能検査で閉塞性障害を評価)
- 呼気一酸化窒素(FeNO)測定(気道炎症のマーカー)
- 運動負荷試験(EIBを疑う場合に行う)
治療の基本:吸入薬を中心とした継続的管理
喘息治療では、炎症を抑える吸入ステロイド薬(ICS)が最も重要です。症状に応じて、気管支拡張薬(LABAやSABA)を組み合わせることで発作を予防・緩和します。スポーツを行う場合には、医師と相談しながら症状のコントロール状態を把握し、個別に治療プランを調整することが必要です。
文献からのポイント:
- 長期管理はICSを基本に据えた段階的治療が推奨される(GINAガイドライン 2023)
- 運動前の短時間作用型β2刺激薬(SABA)吸入がEIBの予防に有効(Parsons et al., 2013)
4.喘息を持つアスリートの対応|競技を続けるために
喘息があるからといって、スポーツを諦める必要はありません。むしろ、適切な管理のもとで運動することで、心肺機能が改善し喘息症状の軽減にもつながるとされています(NHLBI Asthma Guidelines, 2020)。
実際に喘息を持ちながら活躍する有名アスリート
- マイケル・フェルプス(競泳)
- デビッド・ベッカム(サッカー)
- ジャッキー・ジョイナー=カーシー(陸上)
アスリートに求められるセルフマネジメント
- ピークフロー測定で呼吸状態を日常的に確認
- 気温・湿度・花粉情報をチェックして練習環境を調整
- ウォームアップとクールダウンの徹底
- 症状日誌を記録し、医師に報告する
5.アスリートが使用できる喘息治療薬とドーピング規制
競技者にとっては「使用できる薬」と「ドーピングに抵触する薬」の区別が非常に重要です。WADA(世界アンチ・ドーピング機構)は、喘息治療薬について以下のように定めています(WADA Prohibited List 2025)。
使用可能な治療薬(吸入であればTUE不要)
薬剤名 | 上限量 |
---|---|
サルブタモール | 1600μg/日以下 |
サルメテロール | 200μg/日以下 |
フォルモテロール | 54μg/日以下 |
吸入ステロイド | 制限なし |
※上限を超えた使用や、注射・経口ステロイド等はTUE(治療使用特例)申請が必要です。
禁止されている可能性のある薬剤
- 経口β2刺激薬
- 経口ステロイド(プレドニゾロンなど)
- テオフィリン(血中濃度次第では注意)
TUE(治療使用特例)とは?
TUEは、禁止物質を治療目的で使用する必要があると認められた場合に、WADAまたは国内アンチ・ドーピング機関に事前申請する制度です。提出書類には以下が含まれます:
- 診断証明書
- 医師による処方理由
- 検査データ(スパイロメトリー・FeNOなど)

6.喘息が疑われるとき、どこに相談すればいい?
スポーツをする方が喘息の可能性を感じた場合、以下のような医療機関・相談先があります。
相談先 | 内容 |
---|---|
呼吸器内科・アレルギー科 | 正確な診断と治療計画 |
スポーツドクター | パフォーマンスを考慮した対応 |
学校の保健室や部活のトレーナー | 初期対応や医療機関への紹介 |
JADA(日本アンチ・ドーピング機構) | TUEの相談や申請サポート |
喘息は慢性疾患であるため、長期的なフォローが重要です。一人で悩まず、定期的に専門家のサポートを受けましょう。
7.まとめ
喘息は、適切な管理を行えばスポーツの継続が十分に可能な病気です。特にアスリートにとっては、治療薬の使用とドーピング規制の理解がパフォーマンス維持と競技継続の鍵となります。
喘息の兆候を見逃さず、早期に専門医に相談することで、安全かつ高い競技パフォーマンスを維持できます。「喘息があるからスポーツは無理」と諦めず、正しい知識と医療を味方につけましょう。
参考文献
- 日本アレルギー学会「喘息予防・管理ガイドライン2021」
- Global Initiative for Asthma (GINA) 2023年版
- Weiler JM, et al. “Exercise-induced bronchoconstriction update” J Allergy Clin Immunol. 2016.
- Parsons JP, Mastronarde JG. “Exercise-induced bronchoconstriction in athletes.” Chest. 2013.
- 日本アンチ・ドーピング機構(JADA)TUE申請情報 https://www.playtruejapan.org
- WADA Prohibited List 2025. https://www.wada-ama.org