はじめに
顔面神経麻痺(がんめんしんけいまひ)は、突然顔の片側が動かしづらくなったり、笑顔がうまく作れなくなったりする疾患です。テレビやニュースなどでも「ベル麻痺」や「ラムゼイ・ハント症候群」という言葉を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
本記事では、顔面神経麻痺の原因や症状、治療法、受診すべき診療科までを医療的観点からわかりやすく解説します。早期治療がとても大切な疾患ですので、気になる症状がある方はぜひご一読ください。
1.顔面神経麻痺とは?
顔面神経麻痺とは、顔の筋肉を動かす「顔面神経」に障害が生じて、表情がうまく作れなくなる状態です。片側の頬がたるんだり、目が閉じにくくなったりといった症状が現れます。
分類:中枢性 vs 末梢性
分類 | 特徴 |
---|---|
中枢性麻痺 | 脳の障害(脳梗塞など)により起こる。口元のみ麻痺することが多い。 |
末梢性麻痺 | 顔面神経そのものの障害。額や目も含めた顔全体の麻痺が特徴。 |
本記事で主に扱うのは「末梢性顔面神経麻痺」です。
2.顔面神経麻痺の症状
顔面神経麻痺の症状は多彩ですが、以下のようなものが代表的です。
- 顔の片側の表情が動かない、歪む
- まばたきがしにくく、目が乾く
- 口元から水がこぼれる、うがいがしにくい
- 味覚障害(特に前2/3の舌)
- 耳鳴り、耳の痛み(ラムゼイ・ハント症候群の場合)
症状から見分ける病態の例
症状 | 疾患の可能性 |
---|---|
額・目・口のすべてが動かない | 末梢性(ベル麻痺、帯状疱疹など) |
額は動くが口がゆがむ | 中枢性(脳卒中など) |
3.顔面神経麻痺の原因
顔面神経麻痺の原因はさまざまですが、主なものは以下の通りです。
特発性(ベル麻痺)
- 原因不明で急に起こる麻痺
- ウイルス感染が関与しているとされ、単純ヘルペスウイルス(HSV-1)が有力
- 全体の約60~70%を占める
ウイルス性(ラムゼイ・ハント症候群)
- 水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)によるもの
- 耳周囲の水疱、耳痛、聴力障害、めまいを伴うことがある
- ベル麻痺より重症化・後遺症のリスクが高い
その他の原因
- 外傷(頭部の打撲など)
- 中耳炎、乳突炎
- 腫瘍(聴神経腫瘍など)
- サルコイドーシス、ライム病、ギラン・バレー症候群
6.顔面神経麻痺の検査と診断
診断は、問診と身体所見が基本ですが、必要に応じて以下の検査を行います。
主な検査
検査名 | 目的 |
---|---|
血液検査 | 感染や自己免疫疾患の評価 |
画像検査(MRI・CT) | 中枢性や腫瘍の除外 |
聴力検査 | 内耳障害の合併確認(ラムゼイ・ハントで重要) |
電気診断(ENoG、EMG) | 神経の障害程度を評価し、予後予測に使用 |
7.顔面神経麻痺の治療(急いで治療した方がいい?)
顔面神経麻痺の治療は早期開始が非常に重要です。特に発症72時間以内の治療が効果的とされています。
ベル麻痺の治療
- ステロイド(プレドニゾロン):炎症を抑える主力薬。早期開始で回復率が向上。
- 抗ウイルス薬(アシクロビル等):ウイルス関与が疑われる場合に併用。
ラムゼイ・ハント症候群の治療
- ステロイド+抗ウイルス薬の併用が標準
- 治療開始が遅れると回復が遅れたり、後遺症が残る可能性が高まる
補助療法
- 眼の保護:閉眼困難がある場合、点眼・眼軟膏・眼帯で角膜炎を予防
- 顔面マッサージ・リハビリ:麻痺改善を促すために重要
8.何科を受診すべき?
顔面神経麻痺を疑ったら、できるだけ早く医療機関を受診してください。以下の診療科が適しています。
症状 | 推奨される診療科 |
---|---|
末梢性の麻痺が疑われる | 耳鼻咽喉科、神経内科 |
脳卒中のような症状(言語障害・片麻痺などを伴う) | 脳神経内科、脳神経外科 |
顔の片側が急に動かなくなった場合、「様子を見る」は危険です。少なくとも発症72時間以内に受診し、治療を開始することが大切です。
9.参考文献
- 日本神経学会. 顔面神経麻痺診療ガイドライン. 南江堂, 2015年
- Murakami S, et al. Bell’s palsy and herpes simplex virus: identification of viral DNA in endoneurial fluid and muscle. Ann Intern Med. 1996;124(1 Pt 1):27–30.
- Gilden DH, et al. Varicella-zoster virus in the cerebrospinal fluid of patients with Ramsay Hunt syndrome. N Engl J Med. 1994;331(7):444–5.
- Sullivan FM, et al. Early treatment with prednisolone or acyclovir in Bell’s palsy. N Engl J Med. 2007;357(16):1598–607.
- 松村剛. 顔面神経麻痺:臨床所見と治療戦略. Brain and Nerve. 2018;70(6):665-674.