1.認知症に使用される薬の種類
認知症の治療薬は、大きく分けて以下の2つのカテゴリーに分類されます。
分類 | 主な薬剤名 | 主な対象疾患 |
---|---|---|
認知機能改善薬(抗認知症薬) | ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチン | アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症など |
周辺症状(BPSD)治療薬 | 抗精神病薬、抗うつ薬、睡眠薬など | 幻覚、妄想、不安、興奮、不眠などの周辺症状 |
日本では、特にアルツハイマー型認知症の進行を抑えるためにコリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)やNMDA受容体拮抗薬が中心に使用されています。

2.それぞれの認知症薬の作用機序
■ コリンエステラーゼ阻害薬(ChEI)
薬剤名 | 商品名 | 作用機序 |
---|---|---|
ドネペジル | アリセプト® | アセチルコリン分解酵素を阻害し、脳内のアセチルコリン濃度を高めて記憶や学習を助ける |
ガランタミン | レミニール® | アセチルコリン分解抑制+ニコチン受容体を刺激し、神経伝達を促進 |
リバスチグミン | イクセロンパッチ® / リバスタッチパッチ® | 脳内のコリンエステラーゼを阻害、経皮吸収型で副作用軽減の工夫あり |
これらの薬は、主に軽度~中等度のアルツハイマー型認知症に対して使用されます。
■ NMDA受容体拮抗薬
薬剤名 | 商品名 | 作用機序 |
---|---|---|
メマンチン | メマリー® | グルタミン酸による神経毒性を抑え、神経細胞を保護 |
主に中等度~重度のアルツハイマー型認知症に使用され、ChEIとの併用も可能です。
3.それぞれの認知症薬の副作用
薬による副作用は、体質や併用薬などにも左右されますが、代表的な副作用を以下に示します。
薬剤群 | 主な副作用 | 備考 |
---|---|---|
コリンエステラーゼ阻害薬 | 消化器症状(吐き気、下痢、食欲低下)、徐脈 | 高齢者では転倒リスク増加に注意 |
メマンチン | めまい、倦怠感、頭痛、便秘 | 初期は眠気や注意力低下に注意 |
抗精神病薬(BPSDに使用) | ふらつき、錐体外路症状、認知機能悪化 | 使用には慎重な観察が必要 |
抗うつ薬や睡眠薬 | 眠気、ふらつき、転倒リスク | 高齢者では少量から開始されることが多い |
【注意点】
・薬の効果と副作用のバランスは人によって異なります。
・副作用が強く出る場合は医師と相談の上、減量や中止が検討されます。
4.認知症薬はどれくらい効果があるのか?
「認知症薬は進行を止められるの?」という疑問は多くの方が抱えるものです。
■ 現在の薬の効果は“進行の遅延”にとどまる
- 根本的な治癒は難しく、症状の進行を6か月~1年程度遅らせる効果が報告されています(Birks, 2006)。
- 特にBPSDの改善や家族の介護負担軽減にも一定の効果が期待されます(Howard et al., 2012)。
■ 研究的背景
- ドネペジルのRCTでは、MMSEスコアが約2ポイント程度維持される傾向があるという報告もあります(Lanctôt et al., 2003)。
- ただし、全員に効果があるわけではなく、20〜30%程度の人に明らかな改善が認められるとされています。
5.いつまで認知症薬を服用すべきか?
■ 基本的には“継続使用”が原則
・明確な中止時期のガイドラインはなく、効果がある限り継続されます。
・ただし、重度認知症となり、意思疎通や日常生活が大きく制限されている場合は、中止が検討されることもあります。
■ 医師と相談して中止を判断
・副作用が強く出た場合
・服薬の意義が低下したと判断された場合
■ 海外ガイドラインの動き
NICE(英国)やAGS(米国老年医学会)は、「患者と家族の希望、全体的なQOL」を踏まえたうえで中止の可否を判断するよう推奨しています。
6.新しい薬「レカネマブ」とは?
2023年に日本でも承認されたレカネマブ(製品名:レケンビ®)は、アルツハイマー型認知症の新たな治療薬として注目されています。
■ レカネマブの特徴
項目 | 内容 |
---|---|
分類 | 抗Aβ抗体(疾患修飾薬) |
適応 | 軽度認知障害(MCI)または軽度アルツハイマー型認知症 |
投与方法 | 点滴静注(2週間ごと) |
効果 | アミロイドβの脳内沈着を抑え、認知機能の低下を遅延(約27%進行抑制:Eisai, 2022) |
副作用 | 脳浮腫(ARIA-E)、脳出血(ARIA-H)、頭痛 |
禁忌 | 重度認知症、抗凝固療法中の方など慎重投与が必要 |
価格(参考) | 約280万円/年(保険適用前)→ 保険適用後、自己負担3割で約80~90万円程度 |
■ レカネマブの課題
- ARIA(脳浮腫・出血)のリスクから、脳MRIによる定期評価が必須。
- 投与対象が「ごく初期段階」に限定され、早期発見・診断体制の整備が重要。
■ 文献的考察
- 2022年のClarity AD試験(NEJM掲載)では、レカネマブは18か月でCDR-SBスコア低下を27%抑制したと報告。
- ただし、有害事象の頻度や実診療への実装課題から、今後の長期成績や適応拡大が注視されています。
7.まとめ
認知症の治療薬は、「進行を遅らせる」「症状を和らげる」ことを目的として使用されます。コリンエステラーゼ阻害薬やメマンチンに加え、新薬レカネマブが選択肢に加わったことで、治療の幅が広がっています。
しかしながら、薬物療法には限界もあります。薬のみに頼らず、生活習慣の改善や家族のサポート、地域との連携も含めた包括的ケアが重要です。
認知症は早期発見・早期治療が鍵です。気になる症状があれば、まずは専門医へ相談しましょう。
参考文献
- Birks J. Cholinesterase inhibitors for Alzheimer’s disease. Cochrane Database Syst Rev. 2006.
- Lanctôt KL, et al. Assessing the efficacy of donepezil in the treatment of Alzheimer’s disease. Int J Geriatr Psychiatry. 2003.
- Howard R, et al. Donepezil and memantine for moderate-to-severe Alzheimer’s disease. N Engl J Med. 2012.
- van Dyck CH, et al. Lecanemab in early Alzheimer’s disease. N Engl J Med. 2022.
- 日本老年医学会. 認知症薬の使い方と中止の考え方ガイドライン.
- エーザイ株式会社. レカネマブ添付文書・報道資料(2023年)