1.アンチ・ドーピングとは?
「アンチ・ドーピング」とは、公正で安全なスポーツを守るために、禁止薬物や不正行為を防ぐ国際的な取り組みです。世界アンチ・ドーピング機構(WADA:World Anti-Doping Agency)は、ドーピングの定義を次のように述べています。
「競技力を不正に高めることを目的とした禁止物質や方法の使用、あるいはその試み」
(WADA, The World Anti-Doping Code, 2021)
日本では、日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が国内でのアンチ・ドーピング活動を統括しています。
禁止されるのは薬物だけじゃない!
アンチドーピング規程は薬物だけでなく、以下のような行為も含まれます:
- 血液ドーピング
- 不正な代謝物の隠蔽
- 他人の尿の使用
そのため、「知らなかった」では済まされないのがアンチ・ドーピングの世界です。
2.競技者における禁止薬物とは?
WADAが毎年発表する「禁止表(Prohibited List)」には、使用が禁止されている物質や方法が明示されています。競技者が注意すべき薬物の例は以下のとおりです:
カテゴリ | 代表的な禁止薬物・手法 | 主な用途 |
---|---|---|
筋肉増強剤 | アナボリックステロイド | 筋力アップ |
興奮剤 | アンフェタミン、メチルフェニデート | 覚醒、集中力増強 |
利尿剤 | フロセミドなど | 体重減少、他薬物の隠蔽 |
β2刺激薬 | サルブタモール等 | 喘息治療 |
成長ホルモン | hGH, IGF-1 | 回復促進 |
特に注意したいのが、市販薬や処方薬に含まれる成分。風邪薬、花粉症薬、喘息薬など、日常的に使われる薬にも禁止物質が含まれている場合があります。
3.TUE申請とは?治療使用特例の必要性
「病気の治療=ドーピング違反」ではない
本来、病気や慢性疾患の治療のために医薬品を使用することは当然のことですが、禁止物質を含む薬を使う場合は「TUE申請」が必要になります。
TUE(Therapeutic Use Exemption)=治療使用特例
→ 適切な医療行為を受けながら、ルール違反とならないよう事前に申請・承認を得る制度です。
なぜTUEが必要なのか?
- フェアな競技を守るため
- 医療が必要な選手の権利を守るため
WADAのガイドラインでは、以下の4条件を満たす場合にTUEが認められるとされています。
- 健康上の問題でその薬が必要不可欠である
- 競技力の向上が治療の副次的結果である
- 他の有効な代替手段が存在しない
- 使用は予定された期間と量に限定される
(出典:WADA International Standard for TUEs, 2021)
4.どういった人がTUE申請を行うのか?
TUEはすべてのスポーツ選手が対象ではありません。以下に該当する場合、TUEの申請を検討する必要があります。
TUE申請が必要なケース:
- 全国大会や国際大会に出場予定の競技者
- ドーピング検査の対象となる競技者登録リスト(RTP)に入っている人
- 禁止物質を含む医薬品を治療で使用している人
一般市民・アマチュア選手でも必要?
基本的にはドーピング検査を受ける可能性がある大会に出場する人が対象ですが、部活動の全国大会や一部の市民大会でも、状況によって必要になることがあります。特に中高生の競技者や保護者、指導者は注意が必要です。
5.TUE申請の方法は?手順とポイント
1. 禁止物質かどうかを確認
- JADAの「薬の検索システム」を活用(https://www.playtruejapan.org/)
- 薬の添付文書や薬剤師への相談も有効
2. 医師と相談し、書類を準備
- TUE申請書(JADA指定フォーム)
- 診断書
- 検査所見(血液検査、画像、治療経過など)
- 治療計画書(継続的な薬物使用が必要な場合)
3. 提出と審査
出場レベル | 提出先 | 審査機関 |
---|---|---|
国際大会 | 国際競技連盟 | 各IFのTUE委員会 |
国内大会 | JADA | JADA TUE委員会 |
※ 審査には2〜3週間程度かかる場合があるため、大会前に早めの準備が必要です。
6.TUE申請について誰に相談すればいいのか?
TUEについての相談窓口は以下の通りです:
- 主治医(特にスポーツドクター)
- 所属クラブや学校の指導者
- JADAの公式相談窓口(TEL・Webフォーム)
- チームドクターがいる場合は積極的に相談を
また、薬を処方された時点で「競技者であること」を医師に伝えることも大切です。
7.まとめ|競技者の義務と健康を守るTUE制度
- アンチ・ドーピングは、公平性だけでなく競技者の健康と生命の安全を守るための制度でもあります。
- TUEは「正当な治療を受ける権利」と「フェアな競技を守る義務」のバランスを保つ重要な仕組みです。
- 市販薬や処方薬でも、知らずに違反となることがあるため、常に最新情報を確認しましょう。
スポーツを楽しみながら、自分自身の身体もルールも大切にする姿勢が、真のアスリートへの第一歩です。
参考文献
- World Anti-Doping Agency. The World Anti-Doping Code. 2021.
- World Anti-Doping Agency. International Standard for Therapeutic Use Exemptions. 2021.
- 日本アンチ・ドーピング機構(JADA)公式サイト:https://www.playtruejapan.org/
- スポーツ庁「スポーツとドーピング防止の取り組み」
- 厚生労働省「医薬品の使用とスポーツ選手への指導」