はじめに
「がんの早期発見のために腫瘍マーカーを調べておきたい」と考える方は少なくありません。しかし、腫瘍マーカー検査は「がんのスクリーニング(ふるい分け)」には向かないことが、近年の研究やガイドラインで明らかになっています。
この記事では、腫瘍マーカーの意味や種類、がんとの関係、健康診断で測定すべきかどうかの考え方を、最新の文献とともにわかりやすく解説します。
1.腫瘍マーカーとは?血液検査で何がわかるのか
腫瘍マーカー(tumor marker)とは、がん細胞が体内で作り出す物質、またはがんの影響で体が産生する物質のうち、血液や尿などで測定できるものを指します。
通常は血液検査で数値として確認されます。たとえば「CEA」や「CA19-9」「AFP」などはその一例で、がん患者の治療効果や再発のモニタリングに用いられることがあります(日本臨床検査医学会, 2018)。
重要なポイント:
- がんがあってもマーカーが上がらないことがある
- がんでなくてもマーカーが上昇することがある
つまり、腫瘍マーカーは「がんの有無」を確定する検査ではなく、「補助的な情報」として使われるのが基本です。
2.代表的な腫瘍マーカーと対象となるがん
腫瘍マーカーは種類によって、関連するがんの種類が異なります。以下に代表的なマーカーをまとめました。
マーカー名 | 関連する主ながん | がん以外の上昇原因 |
---|---|---|
CEA(癌胎児性抗原) | 大腸がん、胃がん、膵がん、肺がんなど | 喫煙、炎症性腸疾患、肝疾患 |
CA19-9 | 膵臓がん、胆道がん、胃がん | 膵炎、胆石症、肝炎 |
AFP(αフェトプロテイン) | 肝細胞がん、胚細胞腫瘍 | 慢性肝炎、肝硬変、妊娠 |
PSA(前立腺特異抗原) | 前立腺がん | 前立腺肥大、前立腺炎 |
CA125 | 卵巣がん | 月経、子宮内膜症、妊娠 |
SCC抗原 | 子宮頸がん、肺がん、食道がん | 慢性皮膚疾患、肺疾患 |
参考文献:日本癌学会/国立がん研究センターがん情報サービス
3.腫瘍マーカーとがんの関係:信頼性と限界
腫瘍マーカーの数値が高いからといって、必ずしもがんがあるわけではありません。反対に、がんが進行していてもマーカーが正常なこともあります。
腫瘍マーカーの用途(がん診療ガイドラインより):
- 治療効果の判定(例:手術や化学療法の効果をモニタリング)
- 再発・転移の早期発見
- がんの進行度の評価
しかし、がんの初期段階では多くのマーカーが上昇しないことから、がん検診目的には不向きとされています(厚生労働省「がん検診のあり方に関する検討会報告書」2021)。
4.健康診断で腫瘍マーカーを測るべきか?
健康な人ががんのスクリーニング目的で腫瘍マーカーを測定することは、現在のところ「推奨されていません」。
理由は以下の通り:
- 偽陽性により不安や不要な検査が増える
- 偽陰性により誤った安心を与える
- 科学的根拠(エビデンス)が不十分
例えば、ある研究(Ann Intern Med. 2003)によると、CEAのスクリーニング使用は感度が低く、進行がんを除いて検出率が不十分であるとされています。
そのため、国立がん研究センターや日本癌学会でも、「腫瘍マーカーはがん検診には不適切」と明言しています。
5.腫瘍マーカーを測るのが適切な人とは?
以下のようなケースでは、腫瘍マーカーの測定が医学的に意味を持ちます。
がんが確定している患者
-
初診時に基準値を把握しておき、治療効果や再発をモニタリング。
高リスク群
-
家族歴がある人や、遺伝性腫瘍症候群(例:リンチ症候群)など、がんのリスクが高いとされる人。
がん治療後の定期フォローアップ
-
PSA(前立腺がん)、CA125(卵巣がん)などは、治療後の再発チェックに活用されることが多いです。
6.腫瘍マーカー検査のデメリットと注意点
① 偽陽性による過剰診断と不安
がんではないのにマーカーが上がり、CTや内視鏡検査など余計な精密検査を受けることに。
② 偽陰性でがんを見逃す
マーカーが正常だからと油断して、実際にはがんが進行していることも。
③ 解釈の難しさ
単独では意味をなさず、医師の総合的な判断が不可欠。
④ 自費負担が生じることも
保険適応はがんの疑いがある場合に限られ、健診などでの任意測定は自己負担(1項目1,000~3,000円程度)が多いです。
7.まとめ:腫瘍マーカーに過度な期待は禁物
腫瘍マーカー検査は、がんの診療において重要な補助的ツールではあるものの、「がんの有無を判定する検査」ではありません。
正しい使い方のポイント:
- 健康な人が腫瘍マーカーだけでがんを早期発見するのは難しい
- 医師が診断や治療経過の一環として使うことで真価を発揮する
- がん検診には、画像検査や内視鏡など科学的根拠のある方法を優先すべき
心配な症状がある方は、まずはかかりつけ医に相談することが第一歩です。
参考文献
- 国立がん研究センター がん情報サービス:https://ganjoho.jp
- 日本臨床検査医学会「腫瘍マーカーの使い方指針」(2018)
- 厚生労働省「がん検診のあり方に関する検討会報告書」(2021)
- Fletcher RH. Carcinoembryonic antigen. Ann Intern Med. 2003;139(5 Pt 1):379–391.
- 日本癌学会「がんと腫瘍マーカーに関するQ&A」