「もし将来、自分で意思を伝えられなくなったら、どのような医療やケアを受けたいですか?」
この問いにすぐ答えられる方は、決して多くありません。元気なときには「まだ先のこと」と感じるかもしれませんが、脳卒中、心筋梗塞、認知症、事故、がんや心不全などの進行によって、ある日突然、自分の希望を伝えることが難しくなることがあります。そのようなときに大切になるのが、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)です。日本では「人生会議」とも呼ばれています。
ACPは、単に「延命治療をするか、しないか」を決めるためのものではありません。最期まで自分らしく生きるために、自分が大切にしている価値観や希望を、家族や医療・ケアチームと共有しておくための話し合いです。
【この記事でわかること】
- ACP(アドバンス・ケア・プランニング/人生会議)とは何か
- ACPはいつから始めるべきか
- ACPがなぜ必要なのか
- 家族と話し合う具体的な方法
- ACPとAD(事前指示書)、DNARの違い
- ACPリレーと多職種連携の重要性
- かかりつけ医に相談するメリット
1.ACP(アドバンス・ケア・プランニング/人生会議)とは?
ACPとは、将来の医療やケアについて、本人を中心に、家族や信頼できる人、医療・介護・福祉の専門職と繰り返し話し合い、共有しておくプロセスのことです。英語では Advance Care Planning といい、日本語では「アドバンス・ケア・プランニング」と表現されます。厚生労働省は、ACPの愛称として「人生会議」という言葉を用いて普及を進めています。ACPで大切なのは、医療行為の希望だけではありません。むしろ中心になるのは、その人がどのように生きたいか、何を大切にしたいかという価値観です。
ACPで話し合う主な内容
- これからの生活で大切にしたいこと
- 病気が進行したときに、どこで過ごしたいか
- 自宅、病院、施設など、療養場所への希望
- 痛みや息苦しさなどの苦痛をどう和らげたいか
- 食べられなくなったとき、点滴や胃ろうをどう考えるか
- 心肺蘇生や人工呼吸器などの医療処置についての考え
- 自分で決められなくなったとき、誰に相談してほしいか
- 家族に伝えておきたいこと
ACPは「一度決めたら終わり」ではありません。病状、年齢、生活環境、家族関係、本人の気持ちによって希望は変わります。そのため、繰り返し話し合い、必要に応じて見直すことがとても重要です。
2.ACPはなぜ必要か?
ACPが必要とされる大きな理由は、いざというときに本人の意思がわからず、家族や医療者が判断に迷うことが多いからです。たとえば、急な病気や事故で意識がなくなった場合、本人に「どこまでの治療を望むか」を確認できません。そのとき、家族は「本人ならどう考えるだろうか」と悩みながら、大きな決断を迫られることがあります。ACPを行っておくと、家族や医療者は本人の価値観を手がかりに判断できます。これは、家族の心理的な負担を軽くし、本人にとっても納得しやすい医療・ケアにつながります。
ACPが必要な理由
- 本人の希望を医療・ケアに反映しやすくなる
- 家族が「これでよかったのか」と悩み続ける負担を減らせる
- 医療者と家族の間で方針を共有しやすくなる
- 望まない医療やケアを避けやすくなる
- 自宅療養や在宅看取りなどの希望を早めに準備できる
ただし、ACPは「治療をしないための話し合い」ではありません。本人が望むのであれば、できる限り治療を受けるという選択も尊重されます。大切なのは、治療をする・しないの二択ではなく、本人にとって何が一番大切かを共有することです。
3.ACPはいつから始めるべき?
ACPは「終末期になってから始めるもの」と思われがちですが、実際には元気なうちから少しずつ始めるのが理想です。なぜなら、病状が進んでからでは、体調のつらさや認知機能の低下によって、十分に話し合うことが難しくなることがあるからです。元気なうちであれば、自分の価値観や希望を落ち着いて考えることができます。
ACPを始めるタイミングの目安
| タイミング | ACPで考えたいこと |
|---|---|
| 健康なうち | 自分が大切にしている価値観、家族に伝えておきたいこと |
| 高血圧・糖尿病・心不全・COPDなどの慢性疾患があるとき | 病気が悪化した場合の治療方針、生活で優先したいこと |
| がんなど重い病気と診断されたとき | 治療の目標、緩和ケア、療養場所、家族への希望 |
| 入院や手術の前 | 急変時の対応、集中治療、人工呼吸器などへの考え方 |
| 認知症やもの忘れが気になり始めたとき | 判断力が保たれているうちに、今後の生活や医療の希望を共有する |
| 在宅医療や介護サービスを始めるとき | 自宅でどこまで過ごしたいか、救急搬送や入院への希望 |
ACPは、必ずしも一度にすべてを決める必要はありません。まずは「自分は何を大切にしているのか」「どこで過ごしたいのか」など、話しやすいところから始めるだけでも十分です。
4.ACPの具体的な方法|何から始めればよい?
ACPは難しい書類作成から始める必要はありません。まずは、家族や信頼できる人と日常会話の中で話してみることが第一歩です。
ステップ1:自分の価値観を整理する
最初に考えたいのは、医療処置の細かい希望ではなく、自分がどのように生きたいかです。
- 自分にとって「自分らしい生活」とは何か
- どこで、誰と過ごしたいか
- できるだけ長く生きることを優先したいか
- 苦痛を少なく穏やかに過ごすことを優先したいか
- 家族にどのような負担をかけたくないか
- 大切にしている習慣、信仰、人生観はあるか
ステップ2:信頼できる人を決める
将来、自分で意思を伝えられなくなったときに、医療・ケアチームと一緒に考えてくれる人を決めておくことも大切です。この人は、法律上の家族に限りません。本人が信頼している配偶者、子ども、きょうだい、親しい友人などが候補になります。
ステップ3:家族や大切な人と話す
ACPでは、家族が「本人の希望を知らなかった」という状況を減らすことが大切です。たとえば、次のような言葉から始めると話しやすくなります。
- 「もし自分に何かあったら、できるだけ家で過ごしたいと思っている」
- 「苦しい治療を続けるより、痛みを取ることを大切にしたい」
- 「最期のことを少しずつ一緒に考えておきたい」
- 「家族に迷惑をかけたいわけではなく、迷わせたくないから話しておきたい」
ステップ4:かかりつけ医や医療者に相談する
家族だけで話していると、実際の医療や介護の選択肢がわからないことがあります。そのため、かかりつけ医、看護師、ケアマネジャー、訪問看護師、地域包括支援センターなどに相談することが役立ちます。医療者は、病状の見通し、治療の選択肢、緩和ケア、在宅医療、介護サービスなどについて説明できます。そのうえで、本人の価値観に合った現実的な選択肢を一緒に考えることができます。
ステップ5:メモや書面に残し、定期的に見直す
話し合った内容は、簡単なメモでもよいので残しておくことをおすすめします。
- 話し合った日付
- 本人が大切にしたいこと
- 希望する療養場所
- 希望する医療・ケア、希望しない医療・ケア
- 自分で判断できないときに相談してほしい人
- 家族や医療者と共有した内容
ただし、ACPの内容は固定されたものではありません。気持ちは変わって当然です。誕生日、年末年始、入院後、退院後、病状が変化したときなどに見直すとよいでしょう。
5.ACPとAD(アドバンス・ディレクティブ/事前指示書)の違い
ACPと似た言葉に、AD(Advance Directive:アドバンス・ディレクティブ/事前指示書)があります。ADは、将来判断できなくなったときに備えて、医療やケアに関する希望を書面などで残しておくものです。一方、ACPは書面そのものではなく、本人・家族・医療者が話し合いを重ねるプロセスです。
| 項目 | ACP | AD |
|---|---|---|
| 意味 | 将来の医療やケアについて話し合い、共有するプロセス | 本人の希望を文書などで残すもの |
| 中心になるもの | 価値観、人生観、本人らしさ | 具体的な医療処置への希望 |
| 形式 | 口頭、メモ、面談記録なども含む | 書面化されることが多い |
| 見直し | 繰り返し見直すことが前提 | 作成後も必要に応じて更新が望ましい |
つまり、ACPは「話し合いの過程」、ADは「その結果を形にしたもの」と考えるとわかりやすいです。
6.ACPとDNARの違い|「何もしない」という意味ではありません
ACPと混同されやすい言葉に、DNARがあります。DNARとは、Do Not Attempt Resuscitation の略で、心肺停止時に心肺蘇生を試みないという医療上の指示を意味します。ここで重要なのは、DNARは「治療をしない」という意味ではないということです。DNARはあくまで、心臓や呼吸が止まったときの蘇生処置に関する指示です。たとえば、DNARの方針があっても、痛みや息苦しさを和らげる治療、感染症への対応、酸素投与、点滴、在宅医療、緩和ケアなどが行われることはあります。ACPは、DNARを含むこともありますが、それだけではありません。本人がどのように過ごしたいか、どのような医療やケアを望むかを広く話し合うものです。
7.ACPリレーとは?希望を途切れさせないための考え方
ACPで話し合った内容は、本人と家族だけで抱えていても、医療や介護の現場に伝わらなければ十分に活かされません。そこで大切になるのが、ACPリレーという考え方です。ACPリレーとは、病院、診療所、在宅医療、訪問看護、ケアマネジャー、介護施設、救急医療など、関わる場所や職種が変わっても、本人の価値観や希望を途切れずにつないでいくことです。
ACPリレーが必要になる場面
- 病院から自宅へ退院するとき
- 外来通院から訪問診療へ移行するとき
- 自宅療養から施設入所へ移るとき
- 在宅療養中に救急搬送されるとき
- 病状が進行し、緩和ケアや看取りの方針を考えるとき
たとえば、病院で「できれば自宅で過ごしたい」と話していても、その情報が在宅医や訪問看護師、ケアマネジャーに共有されていなければ、急変時に本人の希望と異なる対応になる可能性があります。ACPリレーは、本人の希望を「書類」として運ぶだけではありません。その人が何を大切にしていたのか、どのような生活を望んでいたのかという背景まで共有することが重要です。
8.ACPと多職種連携|医師だけでなくチームで支える
ACPは、医師だけで完結するものではありません。本人の生活や価値観を支えるためには、医療・介護・福祉の多職種連携が欠かせません。
ACPに関わる主な職種
- かかりつけ医:病状の見通しや治療選択肢を説明し、全体の方針を一緒に考える
- 看護師・訪問看護師:日々の体調や生活の変化を把握し、本人の思いを聞き取る
- ケアマネジャー:介護サービスの調整や生活環境の整備を行う
- 薬剤師:薬の管理、副作用、服薬負担の相談に関わる
- 医療ソーシャルワーカー:療養場所、制度、経済面、家族支援を調整する
- 介護職:日常生活の中で本人の希望や変化に気づく
- 地域包括支援センター:高齢者の生活や介護の相談窓口として支援する
多職種が関わることで、本人の希望を医療面だけでなく、生活、介護、家族関係、住まい、経済面まで含めて支えることができます。特に在宅医療では、医師、訪問看護師、ケアマネジャー、介護職が日頃から情報を共有しておくことで、急な病状変化にも本人の希望に沿った対応をしやすくなります。
9.ACPはかかりつけ医に相談するのがおすすめです
ACPを始めたいと思っても、「家族にどう切り出せばよいかわからない」「どこまで治療できるのかわからない」と感じる方は少なくありません。そのようなときは、かかりつけ医に相談してみましょう。かかりつけ医は、普段の健康状態、持病、生活背景、家族関係などを継続的に把握しやすい立場にあります。そのため、本人の価値観を踏まえながら、現実的な医療やケアの選択肢を一緒に考えることができます。
かかりつけ医に相談できること
- 今の病気が今後どのように変化する可能性があるか
- 入院、在宅医療、施設療養の違い
- 緩和ケアをいつから考えるべきか
- 自宅で最期まで過ごすことは可能か
- 急変時に救急車を呼ぶべきか
- 家族とどのように話し合えばよいか
- ACPの内容をどのように記録・共有すればよいか
ACPは、本人だけで完璧に考える必要はありません。医療者や介護職と一緒に、少しずつ言葉にしていくことが大切です。
10.ACPで注意したいこと
本人に無理に決めさせない
ACPは大切ですが、本人が話したくないときに無理に進めるものではありません。「まだ考えたくない」「家族に任せたい」という気持ちも尊重されるべきです。
家族の希望だけで決めない
医療やケアの方針を考えるとき、家族の思いも大切ですが、中心はあくまで本人です。本人が何を大切にしていたかを丁寧に確認することが重要です。
一度決めた内容に縛られすぎない
人の気持ちは変わります。以前は「できるだけ治療したい」と思っていても、病状や生活状況が変わることで「穏やかに過ごしたい」と考えるようになることもあります。ACPは、過去の決定に縛るためのものではなく、その時々の本人の思いを尊重するためのものです。
11.よくある質問
Q1.ACPは高齢者だけが考えるものですか?
いいえ。ACPは高齢者だけのものではありません。病気や事故で、誰でも突然意思を伝えられなくなる可能性があります。特に慢性疾患がある方、重い病気と診断された方、在宅医療や介護を受けている方は、早めに考えておくことをおすすめします。
Q2.家族がいない場合はどうすればよいですか?
家族がいない場合でも、ACPは可能です。信頼できる友人、支援者、ケアマネジャー、訪問看護師、かかりつけ医、地域包括支援センターなどに相談できます。大切なのは、本人の価値観や希望を誰かと共有しておくことです。
Q3.ACPの内容は書面にしないと意味がありませんか?
書面に残すことは役立ちますが、ACPの本質は書類作成ではありません。まずは家族や医療者と話し合うことが大切です。そのうえで、話し合った内容をメモや診療録、介護記録などに残しておくと、いざというときに共有しやすくなります。
Q4.ACPをすると、治療を控えられてしまうのではないですか?
いいえ。ACPは治療を控えるためのものではありません。本人が望む医療やケアを実現するための話し合いです。積極的な治療を希望することも、苦痛を和らげることを重視することも、どちらも本人の大切な意思です。
Q5.何を話せばよいかわからないときはどうすればよいですか?
まずは「自分にとって大切なこと」から話してみましょう。医療処置の細かい判断は、医師や看護師と相談しながら考えれば大丈夫です。
12.まとめ|ACPは「最期の準備」ではなく「自分らしく生きるための対話」
ACP(アドバンス・ケア・プランニング/人生会議)は、将来の医療やケアについて、本人を中心に家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合う取り組みです。ACPは、単に延命治療の有無を決めるものではありません。自分が何を大切にしているのか、どこでどのように過ごしたいのか、誰に思いを託したいのかを共有することで、最期まで自分らしく生きるための土台になります。そして、ACPで話し合った内容は、病院、かかりつけ医、訪問看護、ケアマネジャー、介護施設などへつなぐ「ACPリレー」によって、実際の医療やケアに活かされます。元気な今だからこそ、少しずつ話せることがあります。まずは家族や信頼できる人に、「もしものときのことを少し話しておきたい」と伝えることから始めてみてください。
当院からのメッセージ
ACPは一人で悩むものではありません。これからの療養場所、在宅医療、緩和ケア、家族との話し合い方について不安がある方は、かかりつけ医にご相談ください。ご本人の思いを大切にしながら、ご家族や多職種と一緒に支えていきます。
関連記事

