子どもが手を引っ張られたあと、突然泣き出して腕を動かさなくなった――。このようなときに考えられる代表的な病気が肘内障(ちゅうないしょう)です。
肘内障は、主に1~4歳ごろの子どもに起こる肘のトラブルです。見た目には腫れや変形がほとんどないにもかかわらず、子どもが片腕をだらんと下げ、使おうとしなくなるのが特徴です。適切に整復できれば、多くの場合は短時間で腕を動かせるようになります。一方で、転倒後に腕を動かさない場合や、腫れ・変形・強い圧痛がある場合は、骨折など別のけがを考える必要があります。
この記事では、肘内障が起こる機序、よくある原因、特徴的な症状、診断、整復治療、病院を受診する目安、再発予防について、医師がわかりやすく解説します。
この記事のポイント
- 肘内障は、主に1~4歳の子どもに起こります。
- 手や手首を急に引っ張ったあとに起こることが多い病気です。
- 子どもは腕を下げたまま、動かそうとしなくなります。
- 腫れや変形が目立つ場合は、骨折など別のけがを疑います。
- 医療機関で整復すると、多くは5~30分程度で腕を使い始めます。
- 家庭で無理に腕をひねったり、整復を試したりしないでください。
肘内障とは?
肘内障とは、子どもの肘にある輪状靱帯(りんじょうじんたい)という組織が正常な位置からずれ、橈骨頭付近に挟み込まれることで、痛みと腕の動かしにくさが生じる状態です。英語では「pulled elbow」「nursemaid’s elbow」と呼ばれ、医学的には橈骨頭亜脱臼と表現されることがあります。ただし、大人に起こる一般的な肘の脱臼とは異なり、肘関節全体が大きく外れているわけではありません。主な問題は、橈骨頭を取り囲む輪状靱帯がずれたり、関節内に入り込んだりすることにあります。
肘内障が起こる機序
前腕には、橈骨と尺骨という2本の骨があります。橈骨の肘側にある丸い部分が橈骨頭です。橈骨頭の周囲には輪状靱帯が巻き付き、前腕を回す動きを支えています。幼児では、輪状靱帯や周囲の組織がまだ十分に発達していません。また、橈骨頭も大人ほど太くないため、腕に長軸方向の引っ張る力が加わると、輪状靱帯が橈骨頭からずれやすくなります。典型的には、次の条件が重なったときに肘内障が起こります。
- 肘が伸びている
- 手のひらが下向きになっている
- 手や手首を急に引っ張られる
この力によって輪状靱帯の一部がずれ、橈骨頭と上腕骨の間に挟み込まれると、前腕を回したときに痛みが生じます。そのため、子どもは痛みを避けるために腕を動かさなくなります。
肘内障は何歳に多い?
肘内障は、特に1~4歳ごろの子どもに多くみられます。乳児に起こることもあり、まれに5~6歳以降でも発症しますが、成長とともに橈骨頭や靱帯が発達するため、年長児では起こりにくくなります。一般的な年齢より高い子どもが腕を動かさない場合や、明らかな転倒・打撲がある場合は、肘内障だけでなく骨折や関節の損傷も慎重に確認する必要があります。
肘内障のよくある原因
子どもの手を急に引っ張った
もっとも典型的なのは、子どもの手や手首を大人が急に引っ張った場面です。
- 道路へ飛び出しそうになり、とっさに手を引いた
- 転びそうになった子どもの手をつかんだ
- 子どもが座り込んだ状態で、手を引いて立たせた
- 階段や段差で手を引き上げた
強い力でなくても、腕の方向や姿勢によっては肘内障が起こることがあります。保護者の不注意だけが原因ではなく、危険を避けようとして手を引いたときにも起こり得ます。
両手を持って振り回した
遊びの中で、子どもの両手や両腕を持ち、体を持ち上げたり振り回したりすると、腕に強い牽引力が加わります。いわゆる「飛行機遊び」や、両親が左右の手を持って子どもを持ち上げる遊びも原因になることがあります。
服を着替えさせた
袖を通すときや脱がせるときに腕が引っ張られ、肘内障が起こることもあります。
寝返りや遊びの最中に起こった
すべての肘内障で、明確に「腕を引っ張った」という出来事が確認できるわけではありません。寝返りや転がる動作、兄弟との遊びなど、保護者が見ていない場面で起こることもあります。ただし、転倒して手をついた、肘を直接ぶつけた、高いところから落ちたという場合は、肘内障よりも骨折や打撲を優先して考える必要があります。
肘内障の症状
肘内障の代表的な症状は、突然、片方の腕を使わなくなることです。
よくみられる症状
- 腕を引っ張られた直後に泣き出した
- 片腕を体の横に下げたまま動かさない
- おもちゃや食べ物を差し出しても、患側の手を伸ばさない
- 腕を持ち上げようとすると嫌がる
- 手のひらを上に向ける動きを特に嫌がる
- 肘から手首付近を痛がる
典型的には、肘を伸ばすか少し曲げた状態で、手のひらを内側または下向きにして腕を保持します。
腫れや変形は通常目立たない
肘内障では、通常、目立った腫れ・皮下出血・変形はありません。腕をそっと触るだけでは強く痛がらず、前腕を回そうとしたときに痛がることが多いのも特徴です。[2]反対に、次のような所見がある場合は、肘内障としては典型的ではありません。
- 肘や手首が明らかに腫れている
- 青あざや皮下出血がある
- 腕が変形している
- 特定の骨の部分を触ると強く痛がる
- 指先が白い、冷たい、しびれている
- 肘が赤く熱を持っている
- 発熱を伴っている
このような場合は、骨折、脱臼、骨髄炎、化膿性関節炎などを除外する必要があります。
肘内障と骨折の違い
| 特徴 | 肘内障 | 骨折を疑う所見 |
|---|---|---|
| きっかけ | 手や手首を引っ張られた | 転倒、落下、直接の打撲 |
| 腫れ | 通常は目立たない | 腫れがみられることが多い |
| 皮下出血 | 通常はない | みられることがある |
| 変形 | 通常はない | 変形することがある |
| 痛み | 腕を回すと痛がる | 骨の一点を触ると強く痛がることがある |
| 画像検査 | 典型例では通常不要 | X線検査が必要になる |
見た目だけで完全に区別できるとは限りません。特に転倒後に腕を使わない場合は、「肘内障だろう」と決めつけないことが重要です。
肘内障の診断
典型的な肘内障は、けがをしたときの状況、子どもの腕の保持の仕方、腫れや圧痛の有無などから診断します。医療機関では、肘だけでなく鎖骨、肩、上腕、前腕、手首、指先まで確認し、骨折や神経・血流の異常がないかを評価します。
X線検査は必要?
典型的な肘内障で、腫れや変形がなく、明らかな骨の圧痛もなければ、通常はX線検査を行わずに整復することができます。肘内障そのものは、一般的なX線画像では明確に写らないことも少なくありません。一方、次のような場合にはX線検査が検討されます。
- 転倒や落下、直接の打撲があった
- 腫れ、皮下出血、変形がある
- 特定の骨に強い圧痛がある
- 肘内障として典型的な姿勢ではない
- 年齢が肘内障としては非典型的である
- 整復を行っても腕を使わない
- 複数回の整復を試みても改善しない
- けがの状況がはっきりしない
臨床ガイドラインでは、典型的でない所見がある場合や、2回程度の整復を行っても改善しない場合に、画像検査を検討する方針が示されています。
肘内障の治療
肘内障の治療は、ずれた輪状靱帯と橈骨頭の位置関係を元に戻す整復です。整復は短時間で終わる処置で、多くの場合、麻酔や手術は必要ありません。整復する瞬間には痛みを感じて泣くことがありますが、成功すれば痛みは急速に軽くなります。肘内障が疑われる場合は、長時間様子をみるよりも、早めに医療機関を受診して整復を受けることが勧められます。
肘内障の整復方法
肘内障の代表的な整復方法には、次の2種類があります。
- 過回内法:前腕を手のひらが下を向く方向へ回す方法
- 回外・屈曲法:前腕を手のひらが上を向く方向へ回し、肘を曲げる方法
どちらの方法でも整復できる可能性があります。2017年のコクランレビューでは、過回内法は回外・屈曲法よりも初回整復の失敗が少ない可能性が示されました。ただし、当時の研究にはバイアスの問題があり、エビデンスの確実性は低いと評価されていました。その後に行われた2025年のランダム化比較試験では、初回整復の失敗率は過回内法で9.8%、回外・屈曲法で24.2%となり、過回内法の方が初回に成功しやすい結果でした。さらに、2025年のシステマティックレビュー・メタ解析でも、過回内法の初回失敗率が低いことが報告されています。このため、現在は過回内法を最初に選択することが合理的と考えられます。ただし、医療者の経験、子どもの状態、最初の整復結果によって、回外・屈曲法へ切り替えることがあります。
家庭で整復してもよい?
動画やインターネットの説明を見ながら、保護者が家庭で整復することは推奨されません。骨折や感染症が隠れている場合、腕を無理にひねることで状態を悪化させる可能性があります。肘内障が疑われる場合は、医師など適切な訓練を受けた医療者の診察を受けてください。
整復後はどのくらいで腕を動かす?
整復が成功すると、多くの子どもは5~30分程度で患側の腕を使い始めます。おもちゃや飲み物を差し出すと手を伸ばしたり、頭の上まで腕を持ち上げたりするようになります。ただし、発症から12時間以上経過している場合には、整復が成功していても、痛みや不安のために腕を使い始めるまで1~2日かかることがあります。整復後も腕をまったく使わない場合は、次の可能性を考えます。
- 十分に整復されていない
- 骨折や打撲が隠れている
- 肘以外の部位をけがしている
- 痛みや恐怖心が残っている
医療機関では再度診察を行い、必要に応じて再整復やX線検査を検討します。
整復後に固定やギプスは必要?
肘内障が適切に整復され、子どもが普段どおり腕を使えるようになれば、通常はギプスや長期間の固定は必要ありません。入浴や着替え、食事などの日常生活も、痛みがなければ通常どおり行えます。ただし、再発予防のため、手や手首を持って引っ張ったり、腕を持って体を持ち上げたりすることは避けてください。
肘内障で病院を受診する目安
当日中の受診が勧められる場合
- 腕を引っ張られたあと、片腕を使わなくなった
- 子どもが肘や手首付近を痛がっている
- 腕を動かそうとすると泣く
- 肘内障か骨折か判断できない
- 以前にも肘内障を起こしたことがある
肘内障は命にかかわる病気ではありませんが、子どもに痛みがあり、家庭では骨折との区別が難しいため、できるだけ早めの受診が適切です。
早急な受診が必要な症状
- 腕が明らかに変形している
- 肘や手首が強く腫れている
- 広い範囲に青あざがある
- 高いところから落ちた
- 強い衝撃や直接の打撲があった
- 痛みが非常に強い
- 指先が白い、紫色、冷たい
- しびれがある、指を動かせない
- 肘が赤く腫れ、熱を持っている
- 発熱を伴っている
- 整復後も腕をまったく動かさない
これらは、骨折、血流障害、神経障害、関節の感染症などの可能性があるため、速やかな評価が必要です。
何科を受診すればよい?
肘内障は、小児科、整形外科、救急外来、外科、総合診療科などで診断・治療できます。夜間や休日で、子どもが強く痛がっている場合や、骨折を否定できない場合は、小児救急や救急外来への受診を検討してください。
肘内障は自然に治る?
移動中や診察を待っている間に、偶然腕が動いて自然に整復されることはあります。ただし、子どもが腕を使わない状態を「そのうち治るだろう」と長時間放置することは勧められません。骨折など別のけがが隠れている可能性があるほか、肘内障が続いていれば子どもの痛みも続きます。自然に腕を使い始めた場合でも、転倒や強い打撲があった、腫れがある、痛みが残っているといった場合は医療機関へ相談してください。
肘内障は再発する?
一度肘内障を起こした子どもは、輪状靱帯や橈骨頭が成長するまで再発することがあります。再発したからといって、整復が失敗していた、肘が弱くなった、将来後遺症が残るという意味ではありません。成長に伴って肘の構造が安定すると、多くは自然に起こらなくなります。ただし、再発したように見えても、転倒後の腫れや強い圧痛がある場合は、毎回肘内障とは限りません。過去に肘内障を経験していても、骨折の可能性を考えて受診することが大切です。
肘内障を予防する方法
手や手首を持って持ち上げない
子どもを抱き上げるときは、手や前腕ではなく、両脇の下に手を入れて体幹を支えましょう。
腕を持って振り回さない
手を持って子どもの体を持ち上げたり、ぐるぐる振り回したりする遊びは避けてください。
子どもが座り込んだときに腕を引かない
子どもが手をつないだまま急に座り込んだときは、腕だけで引き上げず、脇や体を支えて立たせましょう。
家族や保育者で情報を共有する
肘内障を起こしたことがある場合は、家族、祖父母、保育園、幼稚園などにも伝えておくと再発予防につながります。
肘内障についてよくある質問
Q.肘内障は強く引っ張らなくても起こりますか?
はい。幼児の肘はまだ発達途中であるため、必ずしも強い力でなくても、腕が伸びた状態で手や手首に牽引力が加わると起こることがあります。
Q.整復するときは痛いですか?
整復の瞬間には痛みや驚きで泣くことがあります。ただし、処置は短時間で終わり、成功すると痛みは速やかに軽くなります。
Q.整復すると「音」がしますか?
整復時に、医療者の指先に小さなクリック感が伝わることがあります。ただし、クリック感がなくても整復できている場合があり、最終的には子どもが腕を使えるかどうかで判断します。
Q.肘内障で手術になることはありますか?
典型的な肘内障で手術が必要になることは、通常ありません。整復しても改善しない場合は、骨折など別の原因がないか再評価します。
Q.整復後は運動を休ませる必要がありますか?
痛みがなく普段どおり腕を使えていれば、通常の日常生活に戻れます。ただし、手や腕を引っ張る遊びは避けてください。
まとめ:子どもが突然腕を動かさなくなったら早めに受診を
肘内障は、主に1~4歳の子どもに多く、手や手首を急に引っ張られたあとに起こる肘のトラブルです。子どもが片腕を下げたまま使わなくなった場合は、肘内障の可能性があります。医療機関で適切に整復できれば、多くは短時間で腕を動かせるようになり、後遺症が残ることも通常ありません。一方、腫れ、変形、皮下出血、強い圧痛がある場合や、転倒・落下後に腕を動かさない場合は、骨折など別のけがを考える必要があります。家庭で無理に腕をひねったり引っ張ったりせず、早めに小児科、整形外科、救急外来などを受診してください。また、肘内障の予防には、子どもを手や腕で持ち上げず、脇の下から体全体を支えることが大切です。
参考文献
- American Academy of Orthopaedic Surgeons:Nursemaid’s Elbow
- The Royal Children’s Hospital Melbourne:Clinical Practice Guidelines – Pulled elbow
※本記事は一般的な医療情報の提供を目的としています。実際の診断や治療は、子どもの状態を直接確認した医療機関の判断に従ってください。

