「マダニに刺されると脳炎になることがあるの?」「北海道へ旅行する予定だけど、ワクチンを打ったほうがいい?」「ヨーロッパへ登山に行く場合、予防接種は必要?」
このような疑問に関連する感染症のひとつが、ダニ媒介脳炎(Tick-borne encephalitis:TBE)です。
ダニ媒介脳炎は、ダニ媒介脳炎ウイルス(TBEV)を持つマダニに刺されることで感染するウイルス感染症です。日本での患者数は非常に少ないものの、重症化すると髄膜炎や脳炎、麻痺などを起こすことがあります。
日本では北海道を中心に患者が確認されており、2026年4月現在、国内では計9例が報告されています。また、2024年には国内初のダニ媒介脳炎ワクチン「タイコバック」が承認され、日本国内でも接種できるようになりました。
この記事では、ダニ媒介脳炎の症状、感染経路、日本での発生状況、治療、予防法、ワクチンについて、最新の情報をもとに解説します。
- ダニ媒介脳炎(TBE)とは?
- どうやって感染する?
- 潜伏期間はどのくらい?
- ダニ媒介脳炎の症状
- 「一度治った後に脳炎になる」ことがある?
- 重症になる病気なの?
- 日本では何人発症している?
- 本州ではダニ媒介脳炎にかからない?
- 海外ではどこで注意が必要?
- ダニ媒介脳炎はどうやって診断する?
- ダニ媒介脳炎の治療
- ダニ媒介脳炎ワクチン「タイコバック」とは?
- タイコバックは何回接種する?
- ワクチンの効果は?
- タイコバックの副反応
- どんな人がワクチンを検討したほうがいい?
- 短期間の都市観光でもワクチンは必要?
- ワクチンの費用は?
- ワクチンを打てばマダニ対策は不要?
- マダニに刺されないための予防法
- マダニに刺されたらどうする?
- マダニに刺された後、こんな症状があれば受診を
- ダニ媒介脳炎とSFTSは同じ病気?
- よくある質問
- まとめ
- 参考文献・関連情報
ダニ媒介脳炎(TBE)とは?
ダニ媒介脳炎(Tick-borne encephalitis:TBE)は、ダニ媒介脳炎ウイルスによって起こる感染症です。主にウイルスを保有しているマダニに刺されることで感染します。原因となるダニ媒介脳炎ウイルスは、フラビウイルスの仲間で、主に次の3つの亜型があります。
- ヨーロッパ亜型
- シベリア亜型
- 極東亜型
日本では、主に極東亜型のウイルスが確認されています。ヨーロッパからロシア、中国北東部、モンゴル、日本などユーラシア大陸の広い範囲に分布しており、世界では年間約1万~1万5000例が報告されています。
どうやって感染する?
① マダニに刺される
もっとも重要な感染経路は、TBEウイルスを持ったマダニに刺されることです。森林、草むら、藪などに生息するマダニに刺されることでウイルスが体内に入ります。日本ではヤマトマダニやシュルツェマダニなどがTBEウイルスの伝播に関与していると考えられています。
② 未殺菌の乳製品から感染することも
ヨーロッパなどでは、TBEウイルスに感染したヤギ、ヒツジ、ウシなどの生乳や未殺菌の乳製品を摂取して感染した事例も報告されています。海外旅行中、とくにTBE流行地域では未殺菌の牛乳やチーズなどにも注意が必要です。
潜伏期間はどのくらい?
マダニに刺されてから症状が出るまでの潜伏期間は、一般に2~28日で、多くは7~14日程度です。ただし、感染したからといって必ず症状が出るわけではありません。国立健康危機管理研究機構(JIHS)などによると、感染者の70~98%程度は症状が出ない不顕性感染とされています。
ダニ媒介脳炎の症状
症状が出た場合には、まず次のような症状がみられます。
- 発熱
- 頭痛
- 強いだるさ
- 筋肉痛
- 関節痛
- 吐き気
- 嘔吐
ここまでで回復する場合もありますが、一部ではウイルスが中枢神経に侵入して髄膜炎や脳炎、脳脊髄炎を起こします。
重症化した場合の症状
- 激しい頭痛
- 首が硬くなる(項部硬直)
- 意識がぼんやりする
- 精神錯乱
- けいれん
- 昏睡
- 手足の麻痺
- 首や肩、上肢の力が入らなくなる
- 呼吸障害
このような症状がある場合には、緊急で医療機関を受診する必要があります。
「一度治った後に脳炎になる」ことがある?
ヨーロッパ亜型では、特徴的な二相性の経過をとることがあります。まず発熱・頭痛・筋肉痛などのインフルエンザに似た症状が数日続き、一度症状が改善します。その後数日から1週間ほどして再び高熱が出て、髄膜炎や脳炎を発症することがあります。一方、日本で確認されている極東亜型では必ずしも典型的な二相性経過をとるとは限らず、より急速に中枢神経症状へ進行することもあります。
重症になる病気なの?
多くの感染者は無症状ですが、いったん脳炎を起こした場合には注意が必要です。重症度はウイルスの亜型、年齢、基礎疾患などによって異なります。国立感染症研究所のリスク評価では、過去の研究に基づき、ヨーロッパ亜型では致命率1~2%程度、極東亜型では20%以上との報告があるとされています。また、極東亜型では生存者の30~40%に神経学的後遺症が残るとの報告もあります。ただし、これらの数字は海外を含む過去の研究に基づくものであり、日本国内は症例数が非常に少ないため、日本の患者だけから正確な致死率を算出することはできません。
日本では何人発症している?
日本では1993年に北海道で初めてダニ媒介脳炎患者が確認されました。厚生労働省によると、2026年4月現在、日本国内で報告された患者は計9例です。
| 年 | 報告された患者数 |
|---|---|
| 1993年 | 1例 |
| 2016年 | 1例 |
| 2017年 | 2例 |
| 2018年 | 1例 |
| 2019~2023年 | 0例 |
| 2024年 | 2例 |
| 2025年 | 2例 |
| 合計 | 9例 |
これまで明確に診断された国内症例はいずれも北海道で感染したと考えられています。そのため、現在もっとも注意が必要な地域は北海道です。
本州ではダニ媒介脳炎にかからない?
「北海道だけの病気」と断定することはできません。国立感染症研究所が2024年に公表したリスク評価では、過去の原因不明の中枢神経感染症を後方視的に調べた研究で、東京都、岡山県、大分県などにおいてTBEウイルス抗体陽性例が報告されています。さらに北海道以外の動物からもTBEウイルスに対する抗体が確認された報告があります。ただし、抗体検査は日本脳炎ウイルスなど他のフラビウイルスとの交差反応が起こる可能性があります。そのため、「本州でTBEが広く流行している」と現時点で結論づけることはできません。現在のところ、国内で明確なヒトの流行地域として確認されているのは北海道ですが、今後も全国的な調査が必要とされています。
海外ではどこで注意が必要?
ダニ媒介脳炎は、日本よりもヨーロッパや北アジアで重要な感染症です。主に次の地域に流行地があります。
- 中央ヨーロッパ
- 東ヨーロッパ
- 北ヨーロッパ
- バルト三国
- ロシア
- 中国北東部
- モンゴル
- 北アジアの一部
ただし、同じ国でも地域によってリスクは大きく異なります。とくに春から秋にかけて、流行地域で登山、ハイキング、キャンプ、釣り、狩猟、森林作業などを行う場合は感染リスクが高くなります。
ダニ媒介脳炎はどうやって診断する?
発熱や脳炎症状に加えて、マダニ刺咬歴、森林・草地での活動歴、北海道や海外の流行地域への旅行歴などからダニ媒介脳炎を疑います。確定診断には、主に以下の検査が用いられます。
- 血液や髄液中のTBEウイルス特異的IgM抗体
- 急性期と回復期のペア血清による抗体価の変化
- PCRによるウイルス遺伝子検査
- ウイルス分離
日本では一般の診療所ですぐに結果が出る検査ではありません。疑われる場合には保健所などを通じて専門機関で検査を行うことがあります。また、ダニ媒介脳炎は感染症法上の4類感染症であり、診断した医師には届出が必要です。
ダニ媒介脳炎の治療
残念ながら、現在のところTBEウイルスそのものを治療する特効薬はありません。治療は症状に応じた支持療法が中心になります。
- 輸液
- 発熱や痛みに対する治療
- けいれんへの治療
- 脳浮腫・頭蓋内圧亢進への対応
- 呼吸管理
- 重症例では集中治療
- 麻痺などが残った場合のリハビリテーション
特異的治療法がないため、ダニ媒介脳炎では予防が非常に重要です。
ダニ媒介脳炎ワクチン「タイコバック」とは?
2024年3月、日本で初めてダニ媒介脳炎ワクチンである「タイコバック」が承認され、同年9月から販売されています。不活化したTBEウイルスを使用した不活化ワクチンです。日本では次の2種類があります。
| 年齢 | ワクチン | 1回量 |
|---|---|---|
| 1歳以上16歳未満 | タイコバック小児用 | 0.25mL |
| 16歳以上 | タイコバック | 0.5mL |
タイコバックは何回接種する?
基本的な初回免疫は3回接種です。
| 接種 | 標準的な時期 |
|---|---|
| 1回目 | 0か月 |
| 2回目 | 1回目から1~3か月後 |
| 3回目 | 2回目から5~12か月後 |
海外渡航などで早く免疫をつける必要がある場合には、1回目から2週間後に2回目を接種する短縮スケジュールも認められています。添付文書では、初回免疫完了前に流行地域へ渡航するなど感染リスクがある場合には、渡航前までに少なくとも2回接種することとされています。
追加接種(ブースター)
継続して感染リスクがある場合には、3回目接種から3年後に追加接種を行います。その後も感染リスクが続く場合には、年齢に応じて数年ごとの追加接種が検討されます。具体的な追加接種時期は年齢やこれまでの接種歴によって異なるため、接種医と相談しましょう。
ワクチンの効果は?
TBEワクチンは、流行地域で長年使用されているワクチンです。国立感染症研究所のリスク評価では、3回の基礎接種後の抗体陽転率は成人で99.5~100%、小児でもほぼ100%と報告されています。また、欧州の実臨床研究をまとめた2023年のシステマティックレビューでは、TBEワクチンの発症予防効果は各研究で92%以上でした。さらに近年のオーストリアなどの研究でも、推奨されたスケジュールで接種した場合には高い予防効果が確認されています。なお、日本で使用されているタイコバックはヨーロッパ亜型をもとにしたワクチンですが、研究では日本に存在する極東亜型に対しても中和抗体が誘導されることが示されています。
タイコバックの副反応
国内の臨床試験では、もっとも多かった副反応は注射した場所の痛みでした。そのほかに、
- 筋肉痛
- 疲労感
- 頭痛
- 発熱
- 倦怠感
などがみられることがあります。多くは軽度~中等度で、数日以内に改善します。非常にまれですが、他のワクチンと同様にアナフィラキシーなどの重いアレルギー反応が起こる可能性があります。
どんな人がワクチンを検討したほうがいい?
日本国内で生活するすべての人が一律に接種するワクチンではありません。
「どこへ行くのか」と「どのような活動をするのか」が重要です。
たとえば次のような方は接種を検討する価値があります。
- 北海道で森林や草地に入る機会が多い方
- 林業、農業など屋外で仕事をする方
- 登山、キャンプ、山菜採り、釣り、狩猟などを頻繁にする方
- ヨーロッパや北アジアのTBE流行地域に長期間滞在する方
- 流行地域で登山やキャンプなどの野外活動を予定している方
- TBE流行地域へ繰り返し渡航する方
WHOやCDCも、TBE流行地域に渡航し、森林などでマダニに接触する可能性が高い人に対してワクチン接種を検討することを推奨しています。
短期間の都市観光でもワクチンは必要?
一般に、流行国へ旅行するだけで全員が接種しなければならないわけではありません。たとえば数日間の都市観光のみで、森林や草地などへ入る予定がなければ感染リスクはかなり低くなります。一方で、旅行期間が短くても、流行地域でキャンプや登山、サイクリング、釣りなどを長時間行う場合は接種を検討します。単純な「滞在日数」よりも、渡航地域、季節、活動内容、マダニへの曝露の程度が重要です。
ワクチンの費用は?
タイコバックは日本で承認されていますが、薬価基準には収載されておらず、通常は保険診療の対象とはなりません。そのため、多くの場合は自費での接種になります。接種費用は医療機関によって異なるため、事前に確認してください。
ワクチンを打てばマダニ対策は不要?
いいえ。
TBEワクチンで予防できるのはダニ媒介脳炎であり、マダニが媒介するすべての感染症を防ぐわけではありません。
マダニはほかにも、
- SFTS(重症熱性血小板減少症候群)
- 日本紅斑熱
- ライム病
- 回帰熱
などを媒介します。そのため、ワクチンを接種していてもマダニに刺されない対策が必要です。
マダニに刺されないための予防法
山や草むら、藪などへ入るときは次の対策を行いましょう。
- 長袖・長ズボンを着用する
- ズボンの裾を靴下や長靴の中に入れる
- サンダルを避け、足を覆う靴を履く
- 帽子や手袋を使用する
- DEET(ディート)やイカリジンを含むマダニ用忌避剤を使用する
- 野外活動後は入浴する
- 首、耳、わき、足の付け根、膝の裏などを確認する
マダニに刺されたらどうする?
皮膚にマダニが食いついている場合、無理に引き抜かないことが大切です。無理に取ろうとすると、マダニの口器が皮膚に残ったり、ダニの体液が逆流したりすることがあります。可能であれば皮膚科などの医療機関で適切に除去してもらいましょう。その後数週間は体調を観察してください。
マダニに刺された後、こんな症状があれば受診を
- 発熱
- 強い頭痛
- 吐き気・嘔吐
- 強い倦怠感
- 意識がぼんやりする
- けいれん
- 手足に力が入らない
- 歩きにくい
とくに北海道や海外のTBE流行地域でマダニに刺された後に発熱や頭痛が出た場合には、「マダニに刺された」「山や草むらに入った」ことを医師に伝えてください。
ダニ媒介脳炎とSFTSは同じ病気?
同じではありません。
| ダニ媒介脳炎 | SFTS | |
|---|---|---|
| 原因 | TBEウイルス | SFTSウイルス |
| 主な症状 | 発熱、頭痛、髄膜炎、脳炎 | 発熱、消化器症状、血小板減少など |
| 日本での地域 | 確定例は主に北海道 | 西日本を中心に全国へ拡大 |
| ワクチン | あり | 一般向けワクチンはなし |
いずれもマダニが媒介しますが、原因ウイルスも病態も異なります。
よくある質問
Q. ダニ媒介脳炎は人から人へうつりますか?
通常の日常生活で人から人へ感染する病気ではありません。主な感染経路はウイルスを保有するマダニの刺咬です。
Q. マダニに刺されたら必ずダニ媒介脳炎になりますか?
いいえ。TBEウイルスを持っていないマダニも多く、さらにTBEウイルスに感染しても多くは無症状です。
Q. 北海道へ旅行するだけでワクチンが必要ですか?
通常の都市観光だけであれば感染リスクは高くありません。森林、草原、キャンプ場などに頻繁に入るかどうかを含めて判断します。
Q. TBEワクチンはライム病やSFTSにも効きますか?
効きません。タイコバックはダニ媒介脳炎を予防するワクチンです。接種後もマダニ対策は必要です。
Q. 海外旅行の直前でも接種できますか?
標準スケジュールでは時間がかかりますが、感染リスクが迫っている場合には2回目を1回目から2週間後に接種する方法があります。旅行の日程が決まったら早めにトラベルクリニックなどに相談しましょう。
まとめ
ダニ媒介脳炎は、TBEウイルスを持つマダニに刺されることで感染するウイルス感染症です。
日本での患者数は非常に少なく、2026年4月現在で計9例ですが、これまでの確定例は北海道で発生しています。
感染しても多くは無症状ですが、一部では髄膜炎や脳炎、麻痺などを起こし、重い後遺症が残ることがあります。また、特異的な抗ウイルス治療薬はありません。
そのため、予防の基本は「マダニに刺されないこと」です。
さらに2024年には、日本でもダニ媒介脳炎ワクチン「タイコバック」が承認されました。
北海道で野外活動を頻繁に行う方や、ヨーロッパ・北アジアなどの流行地域で登山やキャンプを予定している方は、ワクチン接種について医療機関に相談してみるとよいでしょう。
参考文献・関連情報
- 厚生労働省「ダニ媒介脳炎」
- 国立健康危機管理研究機構「ダニ媒介脳炎」
- 国立感染症研究所「国内外におけるダニ媒介脳炎の発生状況について」
- PMDA「タイコバック水性懸濁筋注0.5mL 添付文書」
- WHO「Tick-borne encephalitis」
- CDC Yellow Book「Tick-Borne Encephalitis」
- Angulo FJ, et al. A systematic literature review of the effectiveness of tick-borne encephalitis vaccines in Europe. Vaccine. 2023.
- Tick-borne encephalitis: Burden of disease and impact of vaccination, Austria (2000-2024).
※本記事は一般的な医療情報を提供するもので、個々の診断や治療を目的とするものではありません。症状がある場合やワクチン接種を検討する場合には、医療機関にご相談ください。
