震災時のエコノミークラス症候群|車中泊・避難所での原因・症状・予防法

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病気について

地震などの大規模災害では、建物の倒壊や津波などによる「直接死」だけでなく、避難生活による体調悪化が原因となる災害関連死にも注意が必要です。特に、避難所での床生活や車中泊では、長時間同じ姿勢で過ごすこと、水分不足、トイレを我慢することなどが重なり、いわゆるエコノミークラス症候群の危険が高まります。エコノミークラス症候群とは、主に脚の静脈に血のかたまりができる深部静脈血栓症(DVT)と、その血栓が肺へ流れて血管を詰まらせる肺血栓塞栓症(肺塞栓症)の総称として使われる言葉です。肺塞栓症は突然の呼吸困難や意識消失を起こし、命に関わることがあります。

この記事では、震災後の避難所生活や車中泊でエコノミークラス症候群が増える理由、初期症状、危険なサイン、予防法、発症が疑われる場合の対処法について解説します。

1.災害関連死とは?避難生活の長期化にも注意

災害関連死とは、建物の倒壊や津波などによる直接的な死亡ではなく、災害によるけがの悪化や、避難生活に伴う身体的・精神的負担によって病気を発症・悪化し、死亡したと認められるものです。震災後は、次のような要因が重なることで健康状態が悪化します。

  • 慣れない避難所で十分に眠れない
  • 寒さや暑さにさらされる
  • 水や食料が不足する
  • トイレを気にして水分を控える
  • 床生活や車中泊で体を動かせない
  • 普段の薬を飲めなくなる
  • 医療機関を受診しにくくなる
  • 災害による強いストレスが続く

その結果、肺炎、心不全、脳卒中、感染症、脱水、低体温症、エコノミークラス症候群などが起こり、災害関連死につながることがあります。内閣府が公表した令和6年能登半島地震の災害関連死認定事例286件の整理では、約66%が発災から3か月以内に亡くなっており、死因区分では循環器系の疾患が約30%、呼吸器系の疾患が約28%を占めていました。ただし、この数字はエコノミークラス症候群だけを集計したものではなく、避難場所と死亡との直接的な因果関係を示すものでもありません。それでも、直接死を免れた後も、避難環境を整えて健康状態を継続的に確認することが重要であると分かります。

2.エコノミークラス症候群とは?

「エコノミークラス症候群」は正式な病名ではありません。医学的には、次の2つを合わせて静脈血栓塞栓症(VTE)と呼びます。

深部静脈血栓症(DVT)

脚の深い部分を走る静脈に血栓ができる病気です。特に、ふくらはぎにあるヒラメ筋静脈などは、血流が滞ると血栓ができやすい部位です。

肺血栓塞栓症(肺塞栓症)

脚などにできた血栓の一部が血流に乗って肺へ移動し、肺動脈を詰まらせる病気です。詰まる血管の大きさや範囲によっては、突然の呼吸困難、低酸素血症、血圧低下、心停止を起こすことがあります。DVTは脚の病気ですが、本当に命に関わるのは、血栓が肺へ移動して起こる肺塞栓症です。

3.震災後にDVTが増える理由

血栓ができる仕組みは、一般に次の3つに整理されます。これを「ウィルヒョウの三徴」と呼びます。

  1. 血流の停滞:長時間座ったまま、寝たままになる
  2. 血液が固まりやすくなる:脱水、強いストレス、炎症など
  3. 血管の壁が傷つく:外傷、手術、骨折など

災害時には、この3つが同時に起こりやすくなります。

車中泊による長時間の不動

自動車の座席では、膝や股関節を曲げた姿勢が長時間続きます。さらに、足を下げた状態で眠ると静脈の血液が心臓へ戻りにくくなり、ふくらはぎに血液がたまりやすくなります。日本循環器学会の災害時循環器疾患ガイドラインでは、車中泊は2日以上の連泊で危険性が高まる一方、1泊でも肺塞栓症を発症することがあると注意喚起されています。

避難所での床生活

避難所では、狭い場所での雑魚寝や床生活によって、立ち上がる回数や歩く距離が減ります。高齢者や足腰の弱い人は、床から立ち上がること自体が難しくなり、さらに動かなくなる悪循環に陥ります。過去の震災では、床での避難生活が続く環境において、発災から1~2週間後にDVTが多く見つかったことが報告されています。そのため、早期に段ボールベッドや簡易ベッドを導入し、立ち上がりやすい環境を整えることが重要です。

トイレを気にして水分を控える

避難所では、「トイレが遠い」「汚れている」「夜間は暗い」「人目が気になる」などの理由から、水分を控える人が少なくありません。水分摂取が不足すると脱水状態となり、血液が濃くなって血栓ができやすくなります。特に高齢者は、のどの渇きを感じにくいため注意が必要です。

けがや病気によって動けない

骨折、打撲、足の傷、感染症、発熱、持病の悪化などによって歩けなくなることも、DVTの原因になります。災害後に手術や入院が必要となった人は、さらに血栓リスクが高くなります。

強いストレスと睡眠不足

震災による恐怖、不安、余震、騒音、睡眠不足などは、自律神経や血圧、血液凝固に影響します。2024年に発表された日本の震災後DVTに関するメタ解析では、高齢、女性、高血圧、心疾患、DVTの既往、下肢静脈瘤、睡眠薬の使用などがDVTと関連する因子として報告されています。

4.特に注意が必要な人

次の項目に当てはまる人は、避難生活中のDVT・肺塞栓症に注意が必要です。

  • 高齢者
  • 以前にDVTや肺塞栓症を起こしたことがある
  • がんの治療中である
  • 心不全や心疾患がある
  • 高血圧がある
  • 肥満がある
  • 下肢静脈瘤がある
  • 妊娠中または出産後である
  • 低用量ピルや女性ホルモン製剤を使用している
  • 最近、手術や骨折をした
  • 足にけがや麻痺がある
  • 発熱、下痢、嘔吐などで脱水状態にある
  • 寝たきり、車いす生活などで歩くことが難しい
  • 睡眠薬を使用し、長時間同じ姿勢で眠ってしまう

該当項目が多い人は、避難所の保健師、医師、看護師などに早めに伝えておきましょう。

5.DVTの症状|片脚だけの腫れに注意

DVTでは、次のような症状が現れることがあります。

  • 片方のふくらはぎや脚全体が腫れる
  • 左右の脚の太さが明らかに違う
  • ふくらはぎに痛みや張りを感じる
  • 立ったり歩いたりすると脚が痛む
  • 脚が赤くなる
  • 片脚だけ熱を持っている
  • 皮膚の色が紫色や暗い色に変わる

ただし、DVTがあっても目立った症状が出ないことがあります。「脚が痛くないから大丈夫」とは限りません。避難生活が続いている人で、片脚だけの腫れや痛みが現れた場合は、予防目的の強いマッサージを続けず、医療救護所や医療機関へ相談してください。

6.肺塞栓症の症状|突然の息苦しさは救急要請を

次のような症状は、血栓が肺に詰まった肺塞栓症の可能性があります。

  • 突然、息が苦しくなった
  • 呼吸をすると胸が痛む
  • 急に脈が速くなった
  • 冷や汗が出る
  • 顔色が悪い、唇が紫色になる
  • 血の混じった痰が出る
  • 急にふらつく、意識が遠のく
  • 失神した
  • 呼びかけへの反応が悪い

突然の呼吸困難、胸痛、失神、意識障害がある場合は、ためらわず119番へ通報してください。

本人に自動車を運転させて医療機関へ向かうことは避けましょう。呼吸が楽な姿勢で安静にし、救急隊や医療スタッフの指示を待ちます。呼吸や反応がなくなった場合は、周囲の安全を確認したうえで心肺蘇生とAEDの使用を開始します。

7.災害時にできるエコノミークラス症候群の予防法

こまめに歩く

最も基本的な予防法は、長時間同じ姿勢を続けないことです。周囲の安全を確認し、可能な範囲でこまめに立ち上がって歩きましょう。高齢者や足腰の弱い人は、転倒しないよう家族や支援者が付き添ってください。

座ったまま足首を動かす

立ち上がれない場合でも、次の運動を繰り返しましょう。

  1. つま先を上げ、かかとを床につける
  2. かかとを上げ、つま先を床につける
  3. 足首をゆっくり回す
  4. 足の指を開いたり握ったりする
  5. 膝を伸ばしたり曲げたりする

痛みのない範囲で、左右それぞれ10~20回程度を目安に繰り返します。長時間座る場合は、時間を決めて定期的に行うとよいでしょう。

水分をこまめに取る

のどが渇いていなくても、少量ずつこまめに水分を取りましょう。アルコールは脱水を悪化させることがあるため、避難生活中は控えてください。ただし、心不全や腎不全などで水分制限を指示されている人は、自己判断で大量に飲まず、医師や看護師に相談してください。

トイレを我慢しない環境をつくる

水分補給を勧めるだけでなく、トイレを利用しやすい環境を整えることが重要です。照明、清掃、手すり、移動経路、プライバシー、女性や要介護者への配慮などは、DVT予防にもつながります。

締めつけの強い服装を避ける

きついベルト、下着、ズボンなどは避け、できるだけゆったりとした服装で過ごしましょう。眠るときは、安全に配慮しながら脚を少し高くすると、静脈血が戻りやすくなります。

簡易ベッドを利用する

床での雑魚寝は、立ち上がりにくく、活動量の低下を招きます。段ボールベッドや簡易ベッドが利用できる場合は、特に高齢者、妊婦、障害のある人、持病のある人を優先して使用しましょう。

弾性ストッキングは医療者に相談して使用する

適切な弾性ストッキングは、静脈の血流を改善し、DVT予防に役立つ可能性があります。ただし、サイズや装着方法が合っていないと、皮膚障害や血流障害を起こすことがあります。次のような人は、自己判断で使用せず、医師や看護師に相談してください。

  • 足に強い痛み、腫れ、傷がある
  • 皮膚炎や感染症がある
  • 動脈硬化などで足の血流が悪い
  • 重い心不全がある
  • サイズや着用方法が分からない

また、抗凝固薬を予防目的で自己判断により服用してはいけません。出血の危険があるため、必要性は医師が判断します。市販の鎮痛薬やアスピリンも、DVT予防の代わりにはなりません。

8.車中泊を避けられない場合の注意点

自宅や避難所に不安があり、やむを得ず車中泊を選ぶ人もいます。しかし、車内はDVTだけでなく、熱中症、低体温症、一酸化炭素中毒、睡眠不足、持病の悪化などの危険がある環境です。車中泊をする場合は、次の点に注意してください。

  • 可能な限り連泊を避ける
  • 座席に座った姿勢のまま長時間眠らない
  • 周囲の安全を確認し、こまめに車外へ出て歩く
  • 足首の曲げ伸ばしを繰り返す
  • 少量ずつこまめに水分を取る
  • きつい服装やベルトを避ける
  • 脚を組んだ姿勢を続けない
  • 睡眠薬や飲酒によって長時間動かなくなることに注意する
  • 可能であれば、避難所や宿泊施設など、横になれる場所へ移る

エンジンをかけたまま眠ると、排気口が雪、泥、がれきなどで塞がれた場合に一酸化炭素中毒を起こすことがあります。車内の温度管理と換気にも十分注意してください。

9.DVT・肺塞栓症はどのように診断する?

DVTが疑われる場合は、症状や危険因子を確認したうえで、必要に応じて次の検査を行います。

  • 血液検査のDダイマー
  • 下肢静脈エコー検査
  • 造影CT検査

2025年改訂版の日本循環器学会ガイドラインでは、DVTの診断において、症状や危険因子から検査前確率を評価し、Dダイマーを除外診断に用い、否定できない場合には下肢静脈エコーで確認する流れが基本とされています。Dダイマーは、感染症、外傷、手術後、妊娠、高齢などでも高くなるため、数値が高いだけでDVTと診断することはできません。肺塞栓症が疑われる場合は、血圧、脈拍、酸素飽和度、心電図、心エコー、造影CTなどを組み合わせて診断します。

10.DVT・肺塞栓症の治療

DVTや肺塞栓症の治療の中心は、血栓が大きくなったり、新しい血栓ができたりするのを防ぐ抗凝固療法です。患者さんの重症度、腎機能、出血リスク、妊娠の有無、併用薬などを考慮し、ヘパリン、直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)、ワルファリンなどを使い分けます。血圧低下やショックを伴う重症の肺塞栓症では、血栓を溶かす血栓溶解療法、カテーテル治療、外科的血栓除去術などが検討されます。災害時には薬が不足したり、お薬手帳を紛失したりすることがあります。すでに抗凝固薬を飲んでいる人は、自己判断で中止せず、薬の名前や服用量を医療スタッフへ伝えてください。スマートフォンで処方内容やお薬手帳を撮影しておくことも備えになります。

11.避難所の運営者・支援者に求められる対策

エコノミークラス症候群は、避難者個人の努力だけで完全に防げるものではありません。避難環境そのものを改善する必要があります。

  • 早期に段ボールベッドや簡易ベッドを導入する
  • 歩行や体操を行う時間を設ける
  • 飲料水を取りやすい場所に配置する
  • 清潔で利用しやすいトイレを確保する
  • 車中泊避難者や在宅避難者も健康確認の対象にする
  • 高齢者やDVT既往者などの高リスク者を把握する
  • 片脚の腫れや息苦しさについて定期的に聞き取る
  • 必要に応じて医療チームによる下肢静脈エコーを検討する
  • 常用薬の継続を支援する

避難所に来ていない車中泊避難者や在宅避難者は、行政や医療支援から把握されにくいことがあります。車中泊をしている場合でも、避難者名簿への登録や、保健師の巡回時の健康相談を利用しましょう。

12.まとめ|避難生活では「動く・飲む・早く気づく」

震災後の避難所生活や車中泊では、長時間の不動、脱水、外傷、ストレスなどが重なり、深部静脈血栓症や肺塞栓症の危険が高まります。

予防の基本は、次の3点です。

  • 動く:こまめに歩き、足首を動かす
  • 飲む:トイレを我慢するために水分を控えない
  • 早く気づく:片脚の腫れや突然の息苦しさを見逃さない

片脚の腫れや痛みがある場合は早めに医療スタッフへ相談し、突然の呼吸困難、胸痛、失神、意識障害がある場合は、直ちに119番へ通報してください。災害関連死を減らすためには、避難者自身の予防行動だけでなく、簡易ベッド、飲料水、トイレ、医療巡回など、避難生活の環境を早期に整えることが重要です。

よくある質問

車中泊は何日続けると危険ですか?

日数だけで安全・危険を明確に分けることはできません。2日以上の連泊は特に注意が必要ですが、持病や脱水、外傷などの条件が重なれば1泊でも肺塞栓症を起こす可能性があります。できるだけ横になれる避難環境へ早めに移りましょう。

水やお茶を多く飲めばDVTを完全に予防できますか?

水分補給は重要ですが、それだけで完全に予防できるわけではありません。歩行や足首運動、長時間同じ姿勢を避けること、避難環境を改善することも必要です。

ふくらはぎをマッサージすれば予防できますか?

症状がない状態で、ふくらはぎを軽く動かしたり、やさしく刺激したりすることは血流改善に役立つ可能性があります。ただし、片脚の腫れ、痛み、赤み、熱感がある場合はDVTの可能性があるため、強く揉まずに医療スタッフへ相談してください。

弾性ストッキングは全員が履いた方がよいですか?

すべての人に必要とは限りません。足の動脈の血流が悪い人、皮膚に傷や感染がある人、重い心不全がある人などでは適さない場合があります。サイズも重要なため、医療者の指導を受けて使用してください。

脚の症状がなくても肺塞栓症になることはありますか?

あります。DVTは無症状のことがあり、脚の腫れや痛みに気づかないまま肺塞栓症を発症する場合があります。突然の息苦しさ、胸痛、失神などがあれば、脚の症状がなくても救急要請が必要です。

参考文献

※本記事は一般的な医学情報を提供するものであり、個別の診断や治療に代わるものではありません。症状がある場合は、医療救護所や医療機関へ相談してください。

この記事について

この記事は、公的機関・診療ガイドライン・医学論文などを参考に作成しています。

本記事は一般的な医療情報であり、個別の診断や治療を代替するものではありません。 気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

執筆者:小林 知貴
所属:いしうちファミリークリニック 院長
資格:医学博士/家庭医療専門医/総合診療専門医/総合内科専門医

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